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機密事項





「……行きましたね。」
シタンは3人が出て行くのを窓越しに見ていた。
「さて、と。」彼は口の隅で笑っていた。



箱を抱えたフェイが先を歩く。その後ろをユイがぴたりと寄り添うように進む。 さりげなく。

「……これでこんなところとおさらばだ。悪く思うなよ。」
何も知らないフェイを、冷たく、鈍く輝く銃口が狙っていた。

“チッ”
狙撃者は、舌を打ち鳴らす。

「あらあらあらあら。飽きちゃったの?」
ユイはその胸に抱えていたミドリをあやすように軽くゆすると、くるっと おどけるようにまわった。
「ほら、いい景色でしょう。ミドリ。」
きゃっきゃとミドリのはしゃぎ声が響く。

「フェイもそう思わない?」
「うん。そうだね。」
呼ばれてフェイも振り向いた。

二人は立ち止まり、のんびりと辺りを見渡す。

――こうなると狙撃者は、身を隠すしかない――

しばらく立ち止まった後、二人は再び歩を進めた。



ちょっとした林を抜けると、ひときわ小高い丘に、大きな大きな杉の木が 立っている。
「フェイ。あそこよ。」
ここには、フェイもまだ来たことがなかった。

“チチチ……”
“チィ! チチチ……”
“ピピピ……”

大木の枝には、鳥の巣がたくさんあるらしい。大木の周りは、 鳥達のせわしない、それでいて楽しそうなさえずりに満ちていた。



「ようやく止まりやがったか。」

静かに祈りを捧げるフェイを狙う、照準が一つ。
引き金を引く指に力がかかる。
「あばよ。」



「!」



「ぐ……貴様、ヒュウガ・リクドウだな。」

男仰け反り、顔を引きつらせながら、自分の利き腕を 背後にひねりあげている男の顔を見た。
「ほう? 貴方は私の本名を知っているんですか? ならば、 当然私の役目も知っていますね?」
シタンは微笑していた。

「……。」
「答えなさい。」
低く落ち着いた声ではあったが、彼の声には有無を言わせぬ迫力があった。
「……。」

近くにいた小鳥達が気配に怯えて飛び立つ。

「私は、貴方の名前を含めて、貴方がどこの誰であるのかは、全く興味は ありません。しかし、事実だけは掴んでおかないといけないのでね。 おおよその見当はついていますが、まさか憶測だけで報告するわけにも 行きませんし。で、貴方は“誰”から命令を下されたのですか?」 シタンがゆっくりと問う。
「知らねぇな。」男はうそぶく。
「ふぅん。そうですか。」
シタンは、そのまま男の腕を軽く捻った。

ぐきっ!

「ぐぅ……。」
「安心しなさい。骨は折っていませんから。利き腕の肩を外しただけです。 まあ、素直に話すとはこちらも思っていませんがね。」
男の腕は、まるであやつり人形のように肩から、ぶら下がっていた。

「もう一度聞きます。命令を下したのは“誰”ですか?」 男は歯を食いしばって痛みに耐えながら、逃げ出すチャンスをうかがっていた。 「ふふ。辛抱強いんですね。」
シタンの眼鏡が光る。

シタンは男の脚を引っかけると、軽く捻りながら男を投げた。

ぐきぐきっ!

「ぎゃあっ!」
「ほら、あまり大きな声をあげるとフェイに聞えますよ。」



“ピィ! ピピピ……”
“チチチ……”



「あれ? ユイさん。今、何かが聞えなかった?」

フェイの問いに、ユイはできるだけ明るく答えた。
「今のは鳥の鳴き声よ。たぶん、カラスじゃない?」
「そうかなぁ。」

当然、悲鳴はユイの耳にも入った。シタンのもう一つの顔を 知っている彼女には、今、何が起こっているのか容易に想像が出来た。 フェイに気付かれる前に、ここから離れなければいけない。 彼女はそう思った。

「フェイ。こんなに眺めの良い場所に葬ってもらえて、この子もきっと 喜んでいるわよ。さあ、暗くならないうちに行きましょう。」
ユイはフェイを家に帰るよう促した。シタンの相手に同情しつつ……。



「ぐ……ぅ……。」
男は立つ力を失い、哀れにも地面に這いつくばっていた。 股関節が外れたのだ。
「これは後遺症が残るかもしれませんねぇ。下手に暴れると、外れた骨の 周辺の組織をよけいに傷めますよ。」
「う……うう……。」
男は静かに唸るだけだった。

「どうです? 言う気になりましたか?」
「う……うう……。」
唸り声以外の言葉は口からこぼれてこない。
シタンは屈み込んで、男の身体を仰向けにすると、いつもと変わらぬ笑顔で 言った。
「あまり私を怒らせると、脱臼くらいでは済みませんよ。骨の2、3本も 折りましょうかね。貴方が言いたくなるように。」

ぐぐぐ……。

ヒュウガは無造作に男の胸に手を置き、そのまま力をかけはじめた。 ゆっくりと。じっくりと。恐ろしい力で。

「肋骨は、肺や心臓などの内臓を保護する他に、もう一つ重要な役割を 担っています。それは呼吸運動。呼吸を繰り返すに、肋骨に負荷が 掛かります。だから、肋骨・胸骨を砕かれるのはかなり辛いものですよ。 何せ、息を吸うたびに激痛が全身に走るのだからね。」
男の身体が悲鳴を挙げ始める。息も出来ないようだった。

「ここが砕けたら、次は首の骨でも折りましょうか? 大丈夫、死には しませんよ。ただし、一生、身動きは出来なくなるかもしれませんねぇ。」
「……こ、殺せ!」
「死なせはしないと言ったでしょう。まあ、動けないくらいなら死んだ方が マシかも知れませんが。」

ぐぐぐ……。
胸の骨が軋み続ける。

「まだ言う気になりませんか? このまま動けない身体になっても、彼らは 貴方を助けてはくれませんよ。」
シタンはここで一度言葉を切った。

もうじき、折れる。

「義理立てしても、全くの無駄というものです。彼らにとって貴方なんぞ 使い捨てるだけの存在。代わりは幾らでもいるんですよ。せいぜい、貴方を 待っているのは再生処……。」
「待ってくれ。言う。言うよ! 法院だ!」
「……やはり。」

ぐぐぐ……。
シタンはまだ手を緩めない。骨が最後の抵抗を示す。砕ける前の。

「もう一度言ってみなさい。はっきりと!」
「本当に法院なんだ。法院が俺に命令したんだ。本当だ。助けてくれっ!」

すっ。

シタンは胸から手を退け、男の抜けていた腕を勢いよく捻った。

ぐきっ。

続いて脚も。

ぐきぐきっ。

「ぎゃあぁぁっ!。」
「これで楽になったでしょう。外した関節は元に戻しました。周辺の組織が 傷ついているので、しばらくはかなりの熱を持つかもしれませんが、 動かさないよう固定して冷やしていれば、じきによくなります。」
「ぐ……。」
男は顔を引き攣らせながら、外されていた手と脚を動かしてみた。どうやら 元通りに動くようである。
「法院に伝えなさい。完全に失敗、目論みは露呈したとね。こちらも、 今回の件を天帝に報告させてもらいますから。」

足を引き摺りながら歩く男の背に向って、シタンはつぶやいた。
「……“フェイ”の存在は、あの国の最高機密です。彼の正体を 知りうる者は、天帝、法院、護民監(カレルレン)……そして、この私。 せいぜい、身の回りに気を配りなさい……その口を永遠に ふさがれぬように。」