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エピソード5.x(18)

(おことわり:この文章は1ファンの手によるファン小説であり、実際のゲームやゲーム会社とは 一切関係ありません。)



「ねぇ、シスターアグネス。」窓際に腰掛け、外を眺めていたマルーが言った。

「どうしました、マルー様。」
「どうして、人は戦争をするんだろうね。」
ふうっと、アグネスは大きなため息をついた。
「アヴェとキスレブのことですか……。」

マルーは外を見たまま続けた。
「若が大統領になって、キスレブとの和平講和がようやく実現して、お互い協力して 復興・発展してきたのが昨日のことなのに。どうして、すぐに戦争になっちゃうの? 犠牲が 大きくなればなるほど、戦況は激しくなるばかり。」
「……そうですね。」答えるアグネスの胸に、シスターらしく組まれた両手が、 かすかに震えている。

「ボクたち、ニサンからいくら声明を出しても、全然聞き届けられない。お前達には 分からないんだ、て。たとえ分からなくってどこかで、誰かが止めなければ、戦争なんて 終わらないのに。」
アグネスは、マルー様と言いかけ、一度考え直してから再び口を開いた。

「メイソン卿は今、この争いを終わらせようと手を尽くしていますよ。現に、キスレブも 今はアヴェの呼びかけに応えて、主力部隊の投入は抑え、一部の散発的な戦闘になっています。」
「うん、爺はそうだね……。けれど、爺を無視して勝手に突き進む人たちも まだいる。兵士だけでなく、普通の人まで。それに子供までいる。それがボクには分からないよ。」

マルーは振り向くと、アグネスの胸に飛び込み、泣いた。
「ボクと血の繋がった人は、みんな死んじゃったよ。でも、ボクは恨んだりしなかった。なのに、 何故みんな自分の恨みを関係の無い人にまで、ぶつけるの?」
「……マルー様……。」

「若だって、若だって! シャーカーンこそ恨んでいたけど、酷いことをした 他の人までは恨んでいなかった。アヴェの人まで恨んでない、逆に、若はアヴェの国民を 救おうとしてたんだよ。なのに……なぜ、アヴェの人たちは自ら進んで 血を流すの? キスレブだって。」
「……」
「それに、キスレブにはクーデターが起きるんじゃないかってウワサもあるし。そしたら、 小さくなった戦闘の規模が、また大きくなる。ボクはどうすればいいの? ボクには 何も出来ないの?」

「マルー様。」
そう言って、アグネスはマルーの両肩を掴み、そっと胸から離して、マルーの目の高さまで やや腰をかがめ、両手をマルーの頬に当てた。

「私たちが出来ることは、平和を訴えること。それが私たちの役目です。戦争に追われ、 ニサンに逃れてきた人々の心の傷をどちらの国の方だろうと区別せずにそっと癒し、そして 恨みと悲しみに駆られるように再び争いの場に飛び出すことがないように、そっと平和への道を 説いていくこと……それが貴方の、大教母たる者の取るべき道だと私は思いますよ。暴力の 被害者こそ、再び暴力の加害者となりうる……この悲しみの連鎖を断ち切ることが、 大切なことです。武器を手に握り締め、目の前の敵と戦うことよりもずっと。そして、 平和を維持し続けるためにはどうすればいいかを、彼らと一緒になって考え、 助けていくこと。ここまで来てしまうと、当事者には解決出来なくなってしまっている問題も 多いのです。一度“戦う”という手法を覚えてしまうと、次からすぐこの一番分かりやすい 解決法を取ろうとしますから。すぐに目に見える効果の出る薬は大きな副作用がある……と いうことを忘れてしまって。決して、“効果”を急いではいけませんよ。目に見えることだけでなく、 その背後に隠れていることまで解決しないと、本当の効果はいつまでも現れませんから。」

「……ありがとう、シスターアグネス……。」
マルーは右手の甲で、瞳からあふれ出た涙を何度も拭った。
「マルー様。」
マルーが応えて見せた笑顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。





「フェイ。俺、しばらくアヴェに戻ろうと思うんだ。」
フェイの家で、バルトが唐突に切り出した。

「シグルドさんが治るまでここにいるんじゃなかったのか? お前はそう言っていたじゃないか。」
「フェイ……。」エリィが名を呼ぶ。
「その通りだ。けれど俺、思ったんだ。もちろんシグは俺にとって、大切な人だ。だが……、俺には、 いや、俺たちには、大切に守らなきゃいけないアヴェの人たちがいる。フェイも知っている通り、 今、アヴェはひどい状態だ。俺は行かなきゃならない。それに、アヴェ、キスレブの両国からの 難民を際限なく受けれているニサンだって、もう限界だと思う。こうなると爺一人じゃ、 頼りないからな。」
バルトが今までに無く、大きく見える。彼の信念がそう見せるのだろう。もう、 彼は自分のためだけに動いていない。

「シグも元気だったら、きっとそう言うはずだ。」
「分かったよ。バルト。」フェイが力なく頷く。
「先生に、シグをよろしく頼むと伝えておいてくれ。」
「ああ。」

席を立つバルトの背中に向かって、フェイが言った。
「バルト、すぐに出かけるのか?」
「ああ、もう事態は待ってくれない気がするんだ。」





シグルドの診察に来たシタンに、フェイが事情を話した。
「……なるほど、話は分かりました。それで、バルト君は行ってしまったわけ ですね。……ん? これは?」

シタンが足元を見ると、今までになかった無数の傷が床にある。乳幼児が生まれて初めて ペンを持った時のような。まるでボールペンで“ためし書き”をしたような、“ぐるぐる模様”。
「……シグルドが描いたのでしょうか?」

シグルド、シグルドとシタンが名を呼ぶ……彼からの反応は無い。やはり、まだ無理なのか?

そこへ、エリィがシグルドの食事を運んできた。シグルドの小鼻がピクリと動く。
シグルドは、ありがとう、とでも言うようにペコリと頭を下げた。
そして、急に思い出したのか、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見回した。……見つからない らしい。だんだんシグルドの顔が不安げに曇ってくる。

そんなシグルドの仕草を見て、シタンが口を開いた。
「もしかして、若くんを探しているのかもしれませんね。いつも、彼が食事を 運んでいたのでしょう?」
「バルトをか?」
「……ばる……と……?」シグルドがシタンの方を急に振り向いた。

「そう、バ・ル・ト です。貴方とずっと一緒にいた人の名前ですよ。」
シタンは、シグルドの目の前で、何度もゆっくりとバ・ル・トと繰り返して言った。その名前を 教えるように。


「……ばる…と……どこ……?」頭の片隅に残されていた言葉をやっと探し出し、シグルドが 聞いた。


シグルドが意味のある言葉を喋った!! ここに来て初めて。この場にバルトがいたら、 どんなにか喜んだことだろう。

「ばると……どこ……?」

彼はここにはいない。バルトがここから去ったことで、初めてシグルドは言いようの無い淋しさを 覚え、必死で言葉を発した。十数年の間に培われた二人の絆は伊達ではなかった。バルトは シグルドに支えられていただけではなかったのだ。シグルドも同時に、バルトの存在に 支えられていた。どんなときも。シグルドがソラリス連れ去られ、“実験台”にされていた時にさえ。

「聞いてください、シグルド。若くん……いいえ、バルトは今ここにいないのです。」
「……ばると……いない……の?」
淋しそうに、すがる瞳のシグルド。

「どう……して……?」
「彼は、国に帰りました。今、彼の国は大変なのです。」
「くに……たいへん……。」シグルドが視線を床に落とす。
「そう。」
シタンの言っている意味が理解できているのかいないのか、それが見て取れないのが、 その場にいるフェイとエリィにとって、もどかしい限りである。

「くに……たいへん……。」
シグルドが口の中で何度も繰り返す。

……あ……

ドンドン!! ドンドン!!

…ヴ…ぇ……

扉をどんどんと激しく叩く者がいる。シグルドのかすかな言葉は、その音にかき消された。
「何かしら。」
エリィが扉をあけた。「バトラー!!」

バトラー達が家の中に、なだれ込んできた。ジークムントを間に挟み、その身を 何かから庇うように。



「なんだって? バトラーだって?」
フェイとシタンもエリィの声を聞いて飛んできた。


「ジークムント。何故、あなたがここに……。」
ジークムントはエリィに勧められたソファーに座っていたが、かなり心身ともに 疲れ切っていることが見て取れる。
「その様子から察するに、キスレブでも異変が起きたということですね。」シタンが口を開いた。

「そうだ。キング……いや、キングのニセモノがキスレブを乗っ取った。」バトラーが応えた。
「リコが……。」
「いや、恐らくニセモノの正体はアンドロイドでしょう。」
「お前達、何故、それを知っているのだ。」ジークムントが問いかける。
「実は、アヴェでも同じことが起きていたのです。」
「なに!!」

「アヴェでファティマ大統領が暗殺されかけました。公式には病死と発表されましたが……。 御国にアヴェが攻め込んだのは、その後のことです。」
「……確か、病死とは発表されたが、わが国の者が暗殺したのではないかと、アヴェではウワサが 広まったのだったな。」
「その通り。計画の第2段階として、暗殺の噂を理由にキスレブに攻め込んだんです。」

「……一方的にアヴェに仕掛けられたため、体勢を立て直し、一応の停戦にこぎつけるまでに かなりの時間を要してしまったのだが……。」
「その間に、動揺したキスレブの国民の心をさらに揺さぶりその手に絡め取って、リコの アンドロイドにキスレブにクーデターを起こさせた……ということでしょうね。」
「……なるほど。」

「先生、やっぱり同じ奴の仕業なのか?」
「それ以外に考えられないでしょうね。フェイ。やり方がアヴェの時とよく似ていますから。 これで、また、泥沼になるでしょうね。両国の関係は。」
シタンは深いため息をついた。

「……リコは? 本物のリコはどうしたの?」エリィが聞いた。


バトラーが暗い顔をして首を振る。

「キングはジークムントを助け出すため、偽者と戦った。だが……力の差は大きく……。」
「我々は、キングの指図通りに、ここに連れてくるのが精一杯だった。」
「……そうですか。」



バン!
「シタン先生! ここにいましたか!」別のバトラーが飛び込んできた。