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エピソード5.x(14)





「メイソン様。それは……?」
メイソンの命令を受けた部下が戸惑う。
「大統領も賛成されましたが。何かご不満でも?」
メイソンは意外そうに振り向いた。

「い、いえ、そんなことは……。しかし、全軍をキスレブから 引き上げたうえに、今、さらにこの国に存在している軍自体を 縮小するとは……。」
「それが何か?」

「え、ええ。危険なのではないかと思います。ついこの前まで、我が軍は キスレブの、およそ50%を掌握しておりました。我々は大統領の命令により 無条件でキスレブ側に領土を返還しましたが、キスレブ国民の中には、 我が国への報復を要求する者が多くいると聞きます。そんなおりに、我が軍が 軍縮を実行してしまうと、キスレブが報復措置に出た時に対抗する術が 我が国にありません。」部下は一気にまくしたてた。

「キスレブは報復措置に出ません。和平の席でのキスレブの総統を見た限り、 そのような心配は必要ないでしょう。キスレブの総統はかなりのキレ者です。」
メイソンは眼鏡の奥から全てを見通すように言う。
「ですが……。」

「キスレブ側も疲弊しています。復興が済んでない上に、我々と 戦争状態だったからです。なので我々と再び戦争を行うよりは、 落ち着きのない国内を平定することが彼にとっての最重要課題のはずです。 この様な国内情勢で戦争を起しても、混乱するばかりで勝ち目は ありませんので。もちろん、我々も同じこと。」
メイソンは言葉を区切り、一つうなずいて。

「大丈夫です。彼がキスレブの総統である限り、再び戦争はありえません。 さて、軍縮の具体案を練ることにいたしましょうか。」


……彼がキスレブの総統である限り、ですか……クックックッ……





ばっこん!

ジェシーはいつもの通り、乱暴にドアを蹴っぱらって家に入った。
「ビリー、今、帰えったぜ!」
買い出し袋で両手がふさがっているせいもあるが、たとえ両手が 開いていても、ドアを蹴っぱらって入るのがジェシーの日常であった。

「お帰りなさい。」
……いつもと違うビリーの丁寧な返事。
いつもなら、『脚で開けないでっていつも言ってるでしょ。ドアが 傷むじゃない。』と挨拶代わりに叱られるのだが。

家の奥から出てきたビリーは、生気のない眼をしてジェシーの前に立った。 手には銃を持ち、標準をジェシーの額に合わせて。

「ビ、ビリー?! おい、冗談だろ?」
ジェシーはうろたえる。どうしたんだよ?という表情を浮かべる彼と対照的に、 ビリーは無表情のまま、ゆっくりと撃鉄を起した。ガチャという鈍い音が 無気味に響き、短銃のシリンダーが回った。
「ここから出て行ってくれる?」

ジェシーは荷物を下に置き両手を挙げた。彼の額にはうっすらと汗がにじむ。 ビリーは薄笑いを浮かべ、銃の先で後ろのドアを指し示した。しかし、 笑っているはずの彼の眼には、相変わらず表情が見られない。ガラス玉の様に 青く透き通った瞳で、瞬きもせず、じっとジェシーを見下ろしていた。 もともと、彼の肌は透き通るほどの白さなのだが、今日は一層青白く見える。

「少しでもおかしな真似をすると撃つよ。」
ジェシーとビリーのにらみ合いが続く。

再び、ビリーが口を開いた。
「ここで貴方を撃ったら、飛び散った貴方の身体のせいで家が傷むでしょ。 だから、一刻も早くここから出てくれる?」
「な、なぁビリー……。」
ジェシーが手を下ろしかけると、
「妙な真似しないで!」

バン!

ビリーは引き金を引いた。





バン!


バン!

バン!

「危ねぇ!」
「むっ。」
叫び声に反応してジークムンドが飛びのき、床に伏せた。

ピシューン!
ピシューン!
ピシューン!
ジークムンドが寸前まで歩いていた場所に煙が舞い、弾丸に削り取られた 破片が飛ぶ。さらに別な方向からも銃撃音が響いた。

「こっちだ。」
ジークムンドが顔を上げると、銃撃の合間に自分を呼ぶバトラーの姿が見えた。 近くの壁ではアマゾネスが援護射撃を繰り返す。

「早く!」
迷っている暇はない。
ジークムンドが銃撃の隙を縫って、バトラーのいる角に逃げ込んだ。 ジークムンドの後を銃弾が追いかけ、さらに、彼が隠れた壁を襲う。

ジークムンドを呼び寄せたバトラーが、ジークムンドを背に隠し応戦する。 バトラーの身体の上には弾丸によって壁から剥がれ落ちた欠片の雨が降った。
「野郎! なめんじゃねぇよ!」
アマゾネスが、壁を盾にしてすかさず応戦する。

バン!
バン!
「うわぁっ!」
2人転がった。最後の1人は逃げ去る。
「ちくしょう! 逃げた。」

辺りは静寂を取り戻した。

「総統、おケガは?」
バトラーがジークムンドを引き起こした。彼らの身体からは、ぽろぽろと 壁の欠片が落ち、受けた銃撃の激しさを物語る。
「私は何ともない。貴様達は……?」
ジークムンドは、まじまじとバトラーとアマゾネスの顔を見た。

「まあ、いいだろう。礼を言おう。」





――妙な真似しないで!
ズガーン!

ビリーの撃った弾はジェシーの頬をかすめ、ドアに当たった。頬の生々しい 古傷の上に、たった今、新しく付けられた傷から赤いものがにじんでくる。

「分かったでしょう、僕が本気だって。早くここから出ていかないと、今度は 狙いを外してあげないよ。」
ビリーの唇の端がほんの少しつりあがる。ジェシーのにじんだ傷から、 ポタリと血が滴った。

「ビリー。お前、実の父親に向って……。」
ジェシーの物言いに、ビリーは鼻で笑って返した。
「父親……? ふざけないでよ。僕は貴方のことを親父だなんて 思ってないから。血のつながりなんて、僕と貴方の間にあるわけがないでしょ。」
ビリーの銃は、ジェシーの額を狙ったままだ。ジェシーの眉間にしわが寄る。

ポタリ、とまた頬から血が滴った。

しばらくの沈黙の後、ジェシーが口を開いた。
「お前、気でも違ったんじゃねぇのか? なんだかんだ言って、俺と一緒に 暮らしてるだろ?」
ジェシーは、大きな身振りでビリーの気を引きながら、一瞬自分の腰に眼を 走らせた。そう、“タイミング”を計るために。ジェシーの両足に力が入る。
そのジェシーの視線の動きを、ビリーも見逃さなかった。

「僕は正気さ。貴方が出て行かないのなら、ここで貴方を撃つまでさ。」
ビリーは親指で撃鉄を起す。
「……さよなら、“親父”。」
ビリーが引き金を引くのと同時に、ジェシーも拳銃を引き抜いた。

ズガーン!
ズガーーーン!

ジェシーの弾は、身を縮めたビリーの髪をかすめて行く。
そして、ビリーの撃った銃弾は、横に飛びのいたジェシーの頭を ――撃ち抜いた。

「ビビビ、ビ、リー、リー、ー……。」
チチチ……。

「みんなっ! 伏せてっ!」
ビリーは一番近くにいた子供に飛びつき、伏せた。

どっかん!
パラパラと破片が雨のように、ビリーの身体の上に降り注いだ。

「みんな……大丈夫?」
ビリーが周りを見回すと、爆風で孤児院の扉と窓が吹き飛んでいた。 細かい破片があたり一面に突き刺さっている。また、『血のり』も壁に 飛び散っていた。
しかし、鼻を近づけて“くんくん”と嗅いでみると、それは全く臭いが しないシロモノであった。血液ではなかったのだ。

「おじちゃん、コナゴナになっちゃったの?」
ビリーが庇った子供が、顔を上げてビリーに聞いた。

「パパ?」
その言葉につられてか、プリメーラが慌てて奥から飛んで来た。合図が あるまで玄関に出てはいけないと、常日頃からビリーに言われているのだ。 もちろん、そう言われているのはプリメーラだけではなかったが。

「パパ?」
彼女は、帰ってきたはずの父親の姿をしきりに探している。彼女の蒼い瞳は 潤んでいた。なぜなら、プリメーラの瞳の先には、扉の留め金に 引っかかっているジェシーの赤いスカーフの切れ端が、 はためいていたからであった。

ビリーは、背後から、微かに震えるプリメーラの身体を抱きしめ、そっと言った。
「心配しなくていいよ、プリム。今のは親父じゃなかったよ。」





「すいません。失敗しました。」
「ほう、失敗したんですか?」
応えたロキの声には、意外な結果だという部分と、予想された結果だという部分の 両方の響きがあった。
「はい。」
「いったい何故?」
「我々は、ジークムントの予定を入手、警備の手薄な時を狙いましたが、 どこからかバトラーが現れ応戦しまして。」

ロキの声が笑った。どこか楽しそうである。

「ほう、バトラー達に防がれた訳ですか。それなら……。」
ロキは手招きした。

手招きに応じ、男が出てきた。かなり身体が大きい。
「……彼は?」
「ふふふ。後は彼に任せましょう。これで一気にコトは運びますよ。」