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エピソード5.x(11)





ズガーーーーン!
「え?」


ズガーーーーン!
「今の音は……。もしや先輩達の身に何かが。」

シタンは、先を急いだ。



「これは……。」

門の陰に身を隠し、そっと孤児院の様子を覗うシタンの目に映ったものは、銃を構えて的を狙い撃ちする数人の子供達の姿だった。
たしか、ビリーは子供達に銃を持たせることを猛反対していたはずなのに。
しかし、その光景は遊びではなく、異様な雰囲気に包まれていた。どの子供も真剣な表情で引き金を引いている。



シタンが孤児院の敷地に脚を踏み入れた途端、子供達が一斉に彼に銃口を向けた。

「おいっ、止まれ!」
シタンは微かに首を振り、苦笑いを浮かべて両手を挙げた。

「ビリーはここにいるのですか?」
「ビリー兄ちゃんに何の用だ!」
「妖しい奴め!」
子供達とシタンの間に、緊迫した空気が流れる。

「待って!」
少し離れた所にいた少女が言った。
「この人、ビリー兄ちゃんのお友達よ。前に何度かここに来たとこ見たことあるもん。」

子供達は銃を下ろし、シタンは安堵のため息を漏らした。
「ごめんなさい。」
「僕達、貴方の顔をよく覚えていなかったから。」
「ビリー兄ちゃんなら中にいるよ。」





中では、ビリーが1人静かに祈りを捧げていた。まるで許しを請うかのように。

シタンはビリーの祈りが済むまで待った……。





ビリーは顔を上げ、そして、初めてシタンがいることに気がついたようだった。

「シタン……さん?」
「お久しぶりですね、ビリー。」
「ええ本当に。こちらを訪ねてくるなんて珍しいですね。」
「先輩に用があって。ところで先輩は?」
「親父なら、買い出しに行ってます。もうじき戻ってくると思いますので、向こうの部屋でお茶でもいかがですか?」
「そうですね。」



こぽこぽこぽ。

コーヒーを注がれたカップから暖かそうな湯気が立ち上る。
平和なひととき。



「それで、親父に用事って?」
ビリーは砂糖を二杯とミルクを入れ、スプーンでかき回す。

「ある記録が残っていたら、見せていただこうと思って来たのですが。」
「記録?」ビリーはコーヒーを一口すすった。
「ええ。」シタンは、コーヒーを飲もうとはしない。

彼の頭の中は疑問でいっぱいだった。銃の練習、自分を見つけた時の子供達の動き、そしてビリーの祈り。ここで何かが起こったことは 間違いない。それは?

「……ビリー。何かあったんですか? ここで。」
「え?」
「貴方が子供達に銃を持たせるとは考えられなかったものでしてね。」
ビリーがうつむいた。

「それは……。」



バタンッ!!

「親父。」
「おい、ヒュウガ。ビリーから離れろ!!」

「親父、何を……。」
聞くまでもなかった。ジェシーはシタンの頭に狙いを定めている。
「お前は口を出すんじゃねぇ! 俺は自分の手で確かめたものしか、信じられねぇんだよ。」

シタンは素直に両の手を上げた。これで二度目だ。やれやれ、今日は厄日か……。

「シタンさんは……。“この”シタンさんは……。」
ビリーの言葉はここで途切れた。彼の視線はシタンのカップに注がれている。
「外へ出ろ!」ジェシーの怒鳴り声が響く。

口の付けられていないコーヒーからは、湯気だけが立ち上っていた。



「そこに立て!」
ジェシーは銃で合図をして、シタンを木の前に立たせた。

「先輩……。」
シタンは困惑している。

彼は自分を撃つつもりだ。樹木を背にさせていることがその証拠。自分を貫通した弾は後ろの樹木にめり込み、他の者に当たる心配は 無い。シタンはこの期に及んでも状況を冷静に分析していた。
ただ、彼に撃たれる理由だけが見つからなかった。

「今ごろノコノコ現れやがって。」
シタンに弁解の余地も与えず、ジェシーは引き金を引いた。



ガーン!



銃弾はシタンの頬をかすめて、木にめり込む。頬の傷から一筋の血が流れ落ち、大地に吸い込まれた。

「……どうやら“本物の”ヒュウガみてぇだな……。」
ジェシーは笑みを浮かべて銃を下ろした。「悪かったな。」

「先輩、ここで何があったんですか?」
「まずは、血止めをしねぇとな。ま、中に入れ。」
ジェシーはシタンの肩を抱き、中に引き入れた。





「……それで、私がアンドロイドと間違われた訳ですか。」
シタンが淡々とした口調で聞いた。

「ああ。」
「ごめんなさい。僕が止めていれば良かったんだけど、正直、シタンさんが本物かどうか僕にも判断がつかなくって。」ビリーが頭を下げた。
「ああ、そういうことですか。」
シタンは、あの時のビリーの態度に合点が行ったようだった。

「だいたい、お前が悪いんだぜぇ。タイミング良くここを訪ねてくるから。」
ジェシーの目が笑っていた。

「……私のせいではありませんって(汗)。」

「正体は分からねぇが、あんなタチの悪いもんを送ってよこす奴だ。次はシグルドか、お前かと思っても仕方がねぇだろ?」
シタンも大きく頷いた。
「そうですね。ラケルさんもそっくりでしたか?」
「ああ。俺でさえも、生きていたのかと錯覚を起す位な。」

一瞬ジェシーは昔を振り返るような目つきをし、そして、探るような眼差しをシタンに向けた。
「ところで一つ尋ねるが……“お前じゃねえ”よな?」
「え?」その意外な言葉にシタンは一瞬たじろいだ。

「以前ならともかく、ソラリスが無くなっちまった今、アンドロイドを作れる奴なんて、そうはいねぇだろ? ましてラケルのことを知っている奴となるとなぁ……。」
「ち、違いますって! もしそうなら、先輩の言うように今ごろここに図々しくは来れませんよ。それこそ撃たれるかもしれないのに。」
シタンは慌てて弁解した。

「裏の裏まで策略を巡らすお前のことだ。俺が、お前の命までは取らないことを承知で来た……とも考えられるよな。」
ジェシーはホルスターから拳銃を取り出した。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
シタンは日頃の自分の行いを恨めしく思った。まぁ自業自得だとは思うが……。
ジェシーはシタンの胸に狙いを合わせた。
「慌てるところがお前らしくないぜ。撃たれる前に撃つ。これが鉄則だからな。」

二人の間に冷たい空気が流れる。1……2……3……

「……冗談だよ。」
ジェシーが笑いながら銃をしまった。

「いい加減にして下さい。寿命がかなり縮みましたよ。」
「はは、悪い悪い。お前はそう簡単にくたばるタイプじゃねぇから、少しくらい縮んだ方が世の中のために良いんじゃないか?」
「冗談じゃありませんよ。」
なんとなくジェシーに頭の上がらない後輩シタンであった。



「ところでヒュウガ。お前ここまで何しに来たんだ?」
「僕も知りたいと思ってた。さっき言っていた記録って何ですか?」ビリーも身を乗り出した。
「以前、ラケルさんがシグルドの薬物中毒を治療したことがありましたよね。その記録です。」
「ラケルのものは一切いじっちゃいねぇから、多分何処かにあるとは思うが。今ごろになって、なんでそんなもんが必要なんだ?」
「実は、シグルドが再び中毒になってしまって。かなりの重傷なんです。」
シタンの表情が曇り、ため息を一つ吐いた。

「何?」
「シグルド兄ちゃんが……?」
「あいつ、命より大切な“若”様が死んじまったショックでドライブにでも手を出したのか? だから、キスレブと戦争をおっぱじめるなんて馬鹿な真似をしたのか。葬式の時は、案外しっかりしていると思ったんだがなぁ。」
シタンが中指で眼鏡を押し上げた。
「いいえ……事はもっと複雑なのです。」

「どういう事だ?」
「まず、若くんは生きています。彼は罠にはめられ、殺されかかっただけなのです。」
「ヒュウガ! まわりくどい言い方は止めて、もう少し分かりやすく説明しろ!」
「コホ。では起きた出来事を簡単に説明しましょう。」
ジェシーのイライラした口調に、シタンは咳払いを一つ。

「若くんの留守中に、シグルドとメイソン卿が何者かに監禁されました。そしてシグルドの偽者が、シグルトと摩り替わった。偽シグルドは戻ってきた若くんを油断させ、彼の命を狙った。幸いにも暗殺計画は失敗し、若くんは重傷を負いながらも脱出した。その後に若くんが死んだものとして、あの葬式が行われたのです。」

「じゃあ、あれは仕組まれた茶番だったのか!。」
「あの時のシグルド兄ちゃんは偽者……。」
ビリーが誰に言うわけでもなく呟いた。

「そうです。若くんの生死に関係なく、アヴェを掌握することが目的だったようです。」
「何のために?」
「分かりません。単にキスレブと戦争を起すためだったのか、それとも他に大きな理由があったのか……偽者が自爆してしまったため、全ては闇の中です。」
「自爆だぁ?」

「偽者もやはりアンドロイドでした。ところで、ラケルさんのアンドロイドはまだ残っていますか? 残っていたら色々と調べたいのですが。」
「倒した途端、粉々に吹っ飛んじまった。」
ジェシーが首を振った。

「やはり同じですね……。」