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エピソード5.x(10)





だから、この人は母さんなんかじゃ……な……。



ビシッ!
背後から音も無く忍び寄った人物に右腕を叩かれて、ビリーは銃を落としてしまった。

“ぐぐ……”
その人物に捕まり、そのままギリギリと後ろから首を締め付けられる。
「ビリー兄ちゃん!」
腕の中で、もがき苦しむビリー。両の手で引き剥がそうとしても、首に巻きついた腕は外せない。

「ブラザー・ビリー。いえ、ジェサイアの息子! ちょうど良かった。貴方のことを捜していたんですよ。」
この声には聞き覚えがある。―――忘れもしない、ストーン司教の声だ。
「…な…に…。」

ストーンはビリーの首を絞めたまま、少年に言った。
「戻ってジェサイアに伝えなさい。“貴様の大切な息子を預かった。返して欲しくば、1人でここまで取りに来い”とね。」

「…お、親父……が…来る……ものか!」
苦しい息の下でビリーが叫んだ。
「絶対に来ますよ。ジェサイアはそういう男です。これ以上、家族を失いたくはないでしょうからね。」
ストーンは笑っている。

「……は……な………。」ビリーは気を失った。





少年が肩をすくめて泣きじゃくる。
「ボクが……ボクがドジを踏んじゃったから……ぐす……ビリー兄ちゃんが……ストーンのおじさんに……。」
「なにっ!」
「ボクが……鈴なんか…ぐすん…取りになんて……。」
「もうぐだぐだと言わなくていい!」
ジェシーは厳しい口調とは裏腹に少年の頭を優しく撫でてやった。

「ビリー兄ちゃん、あいつらにやられちゃうの?」
「大丈夫だ。」

「パ…パ。」
プリムがジェシーのコートの裾を引っ張る。
ジェシーは振り向き、ふっと優しい笑みを浮かべて慰めるように少女の頭を撫でた。それから、きっ!と顔を上げ少年達に言った。

「お前らは心配するんじゃねぇ。必ず取り返して来るからな。」





「ジェサイア。よく来たな。」
「スタイン!! お前のツラぁ、また拝めるとは思わなかったぜ。」
「もっとも、息子を人質に取られては来ないわけには行かない、か。」

「っるせぇ! お前の目的は俺じゃねぇのか! ガタガタ言わずにビリーを放しやがれ!」
ストーンは人差し指を立て、リズミカルに横に振った。
「チッチッチッ! 正確には貴様ら2人だ。では、銃を捨ててもらおうか。」
ストーンは、ビリーのこめかみに当てた銃の、引き金にかけた指を微かに動かす。

“カラン”
ジェシーは諦めたように銃を放り投げた。

「親父!!」ビリーは逃れようともがくが、ストーンががっちり掴んで放さない。
「持っている銃が一つだけとは思えないが、まあいいだろう。ラケル、後はお願いしますよ。」

ラケル……? どういうことだ、こりゃあ。

ジェシーの思考が定まらないうちに、女性が出てきた。かつてジェシーが愛した女性、ビリーの母、そして、ストーンの手から送り出されたもの達によって……。
「ジェシー。お久しぶりね。」
女性はにっこりと微笑んだ。昔のままだ。一緒に暮らしていた頃の……。

彼女は右手に銃を持ち、ジェシーに狙いを定めて冷静に言った。
「まずは、そのご自慢の右腕を頂くわ。」

バン!
ジェシーが一瞬よろめく。
弾は彼の二の腕を撃ちぬいた。右腕を押さえる指の間からは血が溢れ出す。
ポタ、ポタ。
だらりと下げた右手の先から赤い滴が落ちた。

「親父!」ビリーが身を乗り出す。
「これぐらいの事でガタガタ騒ぐんじゃねぇ!」
彼はドスの聞いた声で答える。

「ふふ。どうやら、まだ引き金を引く力くらいは残っていそうね。」

バン!
ジェシーは再びよろめいた。今度は手。先ほどとは違い、指先から激しく血が滴り落ちる。
「親父っ!!」
「うるせえ!」
肩で息をするジェシーだったが、その眼には気迫が宿っている。

「流石にその手では、銃を握る事が出来ないでしょうね。でも、貴方はこのくらいで全てを諦める様な人じゃなかったわね。」
ラケルは楽しそうに笑っている。
「お次は脚よ。」

バン!
「ぐわっ!」
ジェシーが前のめりに倒れた。彼の太股からも血が流れ出し、大地に吸い込まれていく。

「まだ用は済んでいないわ。立ちなさい。」
彼は何度も何度も倒れながら、無事な方の足を軸にしてようやく立ち上がった。まだ、彼はよろめいている。
「これで避けることも、逃げることも出来ないわね。それに、その脚では貴方の銃の反動には耐えられないわ。」

ラケルはそのままジェシーの頭にピタリと狙いを定めた。
「親父ぃぃぃっ!」ビリーは声の限り叫び、ストーンの腕の中で暴れた。
「これで終わりよ。いずれ神の元で会いましょう。さよなら………ジェシー。」

ラケルが引き金に指をかけた。顔を背けるビリー。


「待ちなさい!」

「スタイン……何故?」
ラケルが不思議そうに振り向いた。
「この男をこの手で引き裂く事が、長い間の私の望みです。私がやる。」
「そう……分かったわ。」
ラケルは銃を下ろした。スタインがビリーを引きずりながら前に出る。

「ジェサイア。今度こそ、貴様の息の根を止める事が出来ると思うと、ゾクゾクして来るよ。」
「くそったれが!」
ジェシーは唾を吐いた。

「ち……く……しょ……。」
スタインの腕の中でビリーがさらに暴れる。そんなビリーにラケルが落ち着いた声で言った。
「リー、今更足掻いても無駄よ。これがあなた達の運命。大人しく神に召されなさい。」
「い……や……だ……。」
ビリーはなおも暴れ続ける。

「このぉ……まずお前から先に始末してやろうか!」
業を煮やしたスタインの注意が、ビリーだけに注がれた瞬間。

「ビリー、逃げろっっ!!」


ズガーーーーーン!


隠し持っていた小型銃が火を吹いた。

ドサ!
ジェシーに頭を打ちぬかれ、スタインが倒れる。やはり血の代わりに火花をあたりに散らせて。
慌てたラケルが逃げようとするビリーを狙った時、ジェシーの撃った弾はラケルの銃をふっと飛ばした。

「あいにくだったなぁ。」
ジェシーは左手で構えた銃越しに薄笑いを浮かべている。銃からはまだ煙が出ていた。
「ジェシー。何をする気なの? 止めてちょうだい。その銃を下ろして!」
ラケルが後退りをし、彼に助けを求める。

「姿はラケルかもしれんが、お前さんに“ジェシー”なんて気安く呼んでもらいたくねぇなぁ。」
「お願い、助けてちょうだい。」彼女はなおも懇願する。
2人のやりとりに、ビリーはただ黙って息を呑んでいるしかなかった。

「言っておくが――」
もう一度狙いを定め、

「ラケルはなぁ――」
撃鉄をゆっくりと起し、

「とっくの昔に――」
引き金の指を――

「死んじまったんだ――」
引いた。

「よ!!」
彼女の身体が衝撃で飛ばされる。

あとに残されたものは、一塊のアンドロイドの残骸。
ジェシーも反動に耐え切れずに倒れ込んだ。もはや脚が限界だったのだ。



「パパぁ!」プリムが飛び出し、彼の身体に縋り付いた。

「プリメーラ、ついて来ていたのか。わりぃな……。お前にこんなものを“2回も”見せちまうなんてなぁ。」
ジェシーは、彼の小さな娘を抱きしめ、ぽんぽんと軽く頭をたたいてやった。
「あ、俺の血で汚れちまった。あとで風呂に入ろうな。」
ビリーはそんな父親の姿に、彼本来の愛情の深さを垣間見た気がした。

「親父。大丈夫か?」
にこやかだったジェシーの顔が厳しくなる。
「これぐらいで、くたばったりはしねぇよ。」

ビリーがプリムに対してくるりと背を向け、自分の肩越しに言った。
「プリム。これを切ってくれないか。頼むよ。」
プリムは言われた通りに、ビリーの後ろ手の縄を切った。

「親父、肩を貸すよ。僕の肩に掴まって。」
「ああ。」



一連の出来事を見ていた者達が呆然としている。すれ違いざま、そんな彼らに向かってジェシーが言った。

「おめーさん達は、そこのクズ鉄やろーに騙されていたんだよ。さっさと国にでも帰って親孝行してやんな。」
「私は……私達のやってきた事は……?」
「後悔する前にやることがたくさんあるだろーが。」
「私はどうすればいいんだ?」
「人々の役に立つことをするんだな。それくらい自分で考えられるだろ?」



信者だった者達が、三々五々、島を離れ始めた。"悔恨"という苦い手土産を抱えて。
ビリーは、ほろ苦い想いで彼らの背中をじっと見つめていた。

「彼らはどうなるのだろう?」
「さあな。気の弱い者は生きちゃいられねぇだろうし。心の弱い者はまた別なものにすがる。 自分を冷静に見つめ返すことの出来ねぇ者はまた舞い戻ってくる。何らかの形で 自分を正当化しなけりゃ生きていけねぇんだよ、人間ってやつは。まあ立ち直れる者はほんの一部だろうな。 信じるものがある分、ある意味では幸せなのかもしれないがな。」
ジェシーの言葉には淋しさすら感じられた。





「先生。シグルドさんは本当に治るのか?」
フェイがシタンに問いただした。
このままではシグルドだけではなく、バルトの神経の方も持たないからだ。

シタンは難しい顔をして首を振った。
「今のままでは難しいかもしれません。実は私自身も治療の経験がないので、適切な治療法を知らないんですよ。」
「先生にも知らないことがあるんだ。」
「フェイ。変な感心をしないで下さい。始めから全てを知っている者はいませんよ。知らないから人は学ぶのです。」

シタンの眼が一点を凝視し始めた。何かを思い出しかけているようだ。あの時確か……。
薄ぼんやりとした記憶が形を持ち始める。シタンの瞬きが激しくなった。

「彼がまだ資料を持っていてくれればいいんですが……。」





その夜、ジェシーは酔えないでいた。
飲むほどに頭が冴えてくる。いつしかビンは空になった。

「親父……。」
ジェシーの肩がぶるりと震えたように見えた。傷も塞がってないうちに酒を渇食らうなど、 正気の沙汰ではない。血圧が上がれば、止まったはずの血がまた出血する可能性があるからだ。 そんなことはジェシーも分かっている。

ビリーはそれ以外の言葉は言わず、新たな酒ビンを取り出して父親と自分のコップにそれを注いだ。
2人は無言のまま酒を酌み交わす。ようやくジェシーが口を開いた。

「……ビリー。」
その後に続けられたジェシーの言葉に、ビリーは目を丸くした。
「親父! いったい、何考えてるんだよ。」

“ガン!”
ジェシーはコップの酒を一気に飲み干し、テーブルに叩き付けた。
「ビリー……。前にお前に言ったな。銃が人を殺すんじゃない、人が人を殺すんだと。あくまで人が人を殺すんだ。」
「しかし。」
「今のお前なら、それがよーく分かるだろ?」

「………。」ビリーは黙ってしまった。