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エピソード5.x(9)





同じ夜
「ビリー。今、帰ったぜ。」
どさっ。ジェシーは足を投げ出すように椅子に座り、忌々しそうに煙草を吸い始めた。

「どうしたのさ。」
「何かおかしくなっちまってる。神の元へとか言って殺し合いが起こっているんだ。」
「そうなの?」

「それにイグニスじゃ、アヴェとキスレブが戦争をおっぱじめた、つー話だ。」
「え? そんな馬鹿な! そんなことがある訳ない。……シグルド兄ちゃんがそんなことをする訳ないじゃないか。」
「俺も信じられねぇ。単なる噂だと思いたいが。とにかく、あっちこっちで物騒な事件が起こってるらしい。ここも危ねぇかもしれんな。」
「そんな……。」





翌日
「ビリー兄ちゃん! へんな人達の乗った船がこっちに向かってきてるよ。」
見張り番の少年が駆け込んできた。

「へんな人達?」
「もう近いから、これで見えるよ。」
「貸せ!」
ジェシーは双眼鏡を奪い取った。

「あれは……。」
「親父。何が見えるんだよ。」
すかさずジェシーの鋭い声が返ってきた。

「ビリー。ガキ共かき集めて、いつでも逃げ出せる準備をしておけ。」
「親父。ひょっとして……。」
「ああ。噂をすればその連中だ。さっさと行け!」



船はずんずんと近づいてくる。
「ビリー! 早くしろ!」



船が着き、人がばらばらと降りてくる。

ジェシーが遠くから叫んだ。
「おめぇら、そんな物騒なもん持って、ここに何の用だ!」



ズキューン!
ジェシーの足元で砂煙が上がった。

「畜生。撃ってきやがった。」
物陰に隠れ、応戦するジェシー。
「ビリー兄ちゃん。こわいよー。」
「大丈夫。僕達が守ってあげるからね。」



「くそ! きりがねえ。ビリー、俺がこいつらを食い止めてる間にガキ共を早く避難させるんだ。」
「分かった。親父、死ぬなよ。」
「あったりめぇだ。この程度の事で死んでたまるかってんだ。」
「ビリー兄ちゃん。僕達どうなるの。」
「心配しなくていいよ。今から安全な場所に行くからね。みんな、僕に付いておいで。」
ビリーは不安がる子供たちに向かって、精一杯優しい声で言った。



肩や脚を打ち抜かれ、人がバタバタと倒されていく。

「すまねぇな。俺だって撃ちたくて撃ってんじゃねぇんだ。」
ジェシーは舌打ちしながら、小声で詫びていた。



「もうそろそろいいだろ。」
ビリー達は逃げ果せたはず。ジェシーは撃つのを止め、その場から去った。
しかし、

“ちりん……”

「あ!」
少年が立ち止まった。

「どうしたの?」
「お父ちゃんの鈴、ベッドに置きっぱなしなんだ。ボク、取ってくる。」
「止しなよ。ビリー兄ちゃんに怒られるよ。」
「直ぐに戻ってくるよ。ビリー兄ちゃんには内緒だよー。」



孤児院

「まんまと逃げられてしまったようね。」
「小さい島ですから、山狩りでもすれば見つけられます。」
「そうね。」

「……様!」
「なあに?」
「ベッドの下にこいつが隠れていました。」
少年が暴れていた。
「放してよ!」
「そう……それは良かったわ。」

女性が暴れる少年に微笑みかけた。まるで聖母の様な微笑みで。
「みんなどこに行っちゃったのかしら? 私に教えてくれる?」

……いた!
ビリーは物陰に隠れて様子を覗っている。彼は子供たちから聞いて、慌てて追いかけてきたのだ。少年は捕まってしまい、敵は後ろ姿しか見えないが3人……その内の1人は女性だ。なんとかなると彼は思った。

「教えるもんか! みんな殺しちゃうんだろ!」
少年の返答に女性が嫌な顔をした。
「殺すなんて……心外だわ。私達はあなた達のためを思ってやっているのよ。狂った種としての人生を終わらせて、神の元で永遠の生を生きる。それはそれは素晴らしいことよ。」
「ボクは……ボクは強く生きるって約束したんだ。お父ちゃんのぶんまで。だから、教えるもんか!」
「そう……。子供のくせに強情ね。なら、言いたい気分にさせてあげるわ!」

……まずい!

ビリーは飛び出した。
「その子を放せ!!」



後ろ向きの女性が振り向いた。その顔は……。

「かあさん……?」
「“リー”。そんな物騒なものはしまってちょうだい。」

これは嘘だ!

母さんは死んだはずだ。
僕はこの眼で見てたんだ。



母さんが死ぬところを……。



“どんどん! どんどんどん!”

“ガチャガチャ!”

『あなた達はここに隠れて。』

『お母さん。恐いよ……。』

『母さんが命に代えても、あなた達を守ってあげるから。いい! 何があっても絶対に声を立てちゃダメよ。』

『う…ん。』

『リー! プリムのこと、よろしく頼むわよ。あなたはお兄ちゃんなんだから。』

『うん。分かった。』



あれが……母さんの最期の言葉だった。



“ガシャーン!”

“ベキッ!”



あのあと、窓と扉が同時に破られたんだ。



『まさか……ウェルス。そんな……。』

『ジェ、ジェサイア・ブランシュは……どこだ……。』

『ど、どこへ……隠した……。』

『言…え……。』

『知らないわ! あの人は私達を置いて出て行ったのよ!』



ウェルス達がじりじりと母さんに近寄ったんだ。



『うそを……つくな……。』

『知って……いる……はずだ……。』

『言…え……。』

『知らないって言っているでしょ!』

『ジェ、ジェサイア・ブランシュは……どこだ……。』

『知って……いる……はずだ……。』

『言…え……。』

『私に近づかないで! 撃つわよ!』

“バン!”

“バン!”

“バン!”



“カラーン……”



“カラーン……”



“カラーン……”



薬莢が3つ転がった。この音は今でも耳を離れない。



『そ、そんな……。』

『うま……そうだ……。』



一斉にウェルスが母さんに襲い掛かった。



『プリム。見ちゃダメだ!』

『キャーーーーー!』



僕は最後まで見ていたんだ。

泣きそうになるのを堪えて。
僕が泣くと、プリムも泣き出してしまうから。



だから、この人は母さんなんかじゃ……な……。