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エピソード5.x(7)





「今の叫び声は、下の方から聞えましたよ。」
「先生。エレベーターだ。行こう!」
「おい、待て!」気付いた兵士達が追いかける。
全速力で逃げる4人。

「なんで、アヴェで俺が追い掛け回されなきゃなんねーんだよ!」
「しょうがないだろ! バルトは死んだことになっているんだから。」
「早くなんとかしたいよ……とほほ。」バルトがぼやく。
「シグルドさんが見つかれば、なんとか出来るわよ。……きっと。」エリィが慰めた。

「さあ、急いで!」
シタンがエレベーターを開け、滑り込む4人。扉は兵士達の目の前で閉まった。
「ふう、振り切ったぜ。」ほっとため息を吐いた。





トーラが、今にも倒れてしまいそうな身体に鞭打って書類を整理している。かなり急いでいる。時間がない……残された時間はあとわずかだ。

音もなく現れた訪問者に、トーラは驚く様子もない。
「お前さんは……そうか。ワシの命を取りに来たのか。」
訪問者は微かに笑った。

「わざわざ取ることもありませんよ。貴方の命はもうじき燃え尽きるはずでしょう?」
「知っておるのか。」
「あと数日でしたね。最後を看取りに参りました。誰にも知られずにこの世を去るのは、あまりに寂し過ぎますからね。」
「ワシが死んだところで何も変わらんよ。人々は既に神から離れたんじゃ。自分達の力で生きて行く事が出来る。」

「本当にそうでしょうか?」

「お前さんが何者で、何を成さんとするのか、ワシはあまり興味がない。何をしたって無駄じゃ。人は生きる為に存在する。死ぬ為に存在しているのではない。人は自分の足で立ち、困難を克服し、生き抜いて行く。また、そうせねばならない。」
「それが、気の遠くなるほどの長い時間、人々の生死を見てきた貴方の持論ですか。」聞き手は感心している風である。

「そうじゃ。ワシの時間はもはや残されていない様じゃがのう。お前さんが滅んでいく様(さま)を、この目で見られないのが残念じゃ。」
トーラはいかにも悔しそうである。
「私は貴方の死に様(ざま)の方に興味がありますねぇ。その瞬間(とき)までに貴方が何を残すかをね。」
訪問者は鼻で笑っている。

「どうせ、お前さんが全てを破棄しちまうんじゃろ。」
「そんなことはしませんよ。私の目的はあれだけです。」男は、あるものを指し示した。
「そうか……ならば仕事を続けさせてもらおう。」

「ただし、私が何者か、書き残すことだけはご遠慮願いたい。ではトーラ先生、見せて頂きましょうか。貴方の生き様(ざま)、そして……。」





チーン!
扉が開いた。かつて、ゲプラーが駐留していた地下基地。エリィと再会した場所。

「誰にも気付かれずに幽閉するとしたら、ここしかないはずですが……。」
「あの声も聞えない。本当にここなのか?」
「とにかく、片っ端から開けてみようぜ。」
バルトが言葉通りに片っ端から扉を開け始めた。有言実行とはこのとこか? ちょっと違う気もするが。

「ちょ、ちょっと若くん。」シタンがバルトを止めようとする。
「先生。悩んでいる暇なんかないぜ。少ししたら、兵士達がわんさか来ちまうんだから。」
「バルトの言う通りだよ。手分けして捜そう。」



その部屋には、メイソンがいた。

「爺!」
「若?!」
バルトがメイソンの元に駆け寄った。

「若。良くぞご無事で。死んだと聞かされた時には、どれほど後を追おうかと……。」
メイソンの眼に涙が光る。
「あ〜、もういいって! 俺は、ほら、このとーりピンピンしてるんだからさ。」
バルトの眼にも何かがキラリ。

「貴方はいつ頃から、ここに?」シタンが尋ねた。
「さあ、ひと月ほどになるでしょうか。若がニサンに出かけられた直後に閉じ込められたものでございますから。」メイソンが答える。
「では、若くんが賊に襲われた事はご存知ではありませんね。」
「そんな事が……。若は病気で亡くなったと聞かされておりました。もちろん言葉通りに受け取れる訳もなく、私はてっきり、毒でも盛られたものと思っておりましたが。」

「じゃあ、あれは最初から……。」バルトが呟く。
「……仕組まれていた事の様ですね。若くんを亡き者にし、メイソン卿を退け、シグルドに摩り替わったモノがアヴェを掌握する。その目的はキスレブとの戦争を起す為? う〜ん。それにしても、あの言葉が引っかかりますねぇ。」シタンが悩み込んだ。

「見たところ元気そうだが、爺は特に何もされなかったのか?」バルトがまじまじとメイソンを見る。
「はい、若。アヴェについて色々と尋問はされましたが。」

「尋問?」
「法律やら、人々の慣習やら色々と。」
「だとすると、この国についてあまり詳しくない人物ということですね。この一連の黒幕は。」
「そんなことより、早くシグルドさんを捜そうよ。」
フェイが皆を急かした。



その部屋には、シグルドがいた。

彼は、がんじがらめに拘束されていた。微かに喉を鳴らしたまま。

「シグ!」
バルトが駆け寄り、拘束具を外そうとする。
「くそっ。取れねえ。」
“……や……め……ろ……”
シタンも手伝い、手際よく留め金と鍵を外していく。

「やった。取れたぜ!」
バルトがガッツポーズを取った。
皆がほっと胸を撫で下ろした瞬間――。

“ヤレ”

――何かが囁きかけた。

「うわっ。」
「何!」

突然、、シグルドが言葉にならない声をあげ、救い主であるはずのバルトとシタンを突き飛ばした。そして歩き出す。向かう先はただ一つ。入り口付近に立つエリィ。

「シグルドさん!」
シグルドの異様な様子を見て、フェイが止めに入る。
「ぐふっ。」
シグルドの渾身の一撃を受けて、フェイが腹を押さえ両膝をついた。

「シグルド。何を!」
シタンが後ろから、しがみ付く。
身体から立ち上るこの匂いは? 昔、たしかどこかで……。ここでシタンの思考が止まった。壁に叩きつけられたのだ。ずるずると壁に沿って崩れるシタン。

「よせ! シグ。」
バルトが真正面からタックルをかます。しかし彼は倒れなかった。
“どか”
腹を膝蹴りされ、身体の力が抜けたところを床に投げ飛ばされた。手加減は一切なし。
「うう……。」
バルトは気が遠くなりかけた。

「シグルドさん。止め…て………。うぐ……。」
シグルドはエリィを壁際に追い詰め、さも当たり前のように、ぐいぐいとその首を締め上げ始めた。

再びフェイが、その腕を引き剥がそうとするがびくともしない。シグルドのそれはとても常人の力とは思えなかった。逆に、片腕一つでフェイは簡単にあしらわれてしまっている。何度も何度も殴り飛ばされるたびに飛びつくフェイ。

「くそ。放しやがれ!」
バルトが、エリィを締め上げている方の腕にしがみ付いた。薄笑いを浮かべるシグルドの、それも容赦のない蹴りが彼を襲う。それでもバルトは腕を放さなかった。

そのさなか、徐々にエリィの意識が遠のいて行く様子が、はっきりと見て取れた。
このままではエリィが危ない、シタンが腰のものに手をやった。

「く…シグルド。」
しかし、どうしてもそれを抜く事が出来ない……。シグルドを斬れないのだ。彼が正気でないことは分かっている。バルトに対する仕打ちがそれを証明している。
だから……それは、分かっている。分かってはいるが……。



“ガン!”
3人の目の前で、シグルドが頭を強く殴られ倒れた。
エリィも同時に崩れ落ちた。呼吸が停止している。すかさずシタンは唇を重ね、蘇生措置を施す。彼女が自力呼吸を始めるまでそれは続けられた。

「爺!」
そう、シグルドを倒したのはメイソン。

「若。やり方が甘過ぎますぞ。この場合、シグルド殿がどうなろうとも、エリィ様のお命を助けるのが先決でございましょう。」
メイソンの言葉はバルトだけではなく、全員に向けられていた。
「すまない。どうしたらいいか、全く判断がつかなかった。」バルトが頭(こうべ)を垂れる。

メイソンは、シタンの方に向き直った。
「シタン様。なにゆえ、刀を抜かれなかった? 手を掛けておいででしたのに。」
その眼は冷たい。まるでシタンを非難するかのように。エリィを、そしてバルトを見殺しにする気だったのかと問い掛けていた。

シタンは目を逸らし、倒れているシグルドに再び拘束具を付けた。

「……どうしても斬ることが出来ませんでした。シグルドが正気でないことはすぐに分かりました。しかし、それがドライブによる精神コントロールによるものだと、なまじ分かってしまったのがいけなかったのかもしれません。」
「ドライブ? ソラリスのか?」
「そうです。それもかなり強力なもの。昔、彼が投与され続け、廃人同様となったものです。」

「は、廃人だぁー?」バルトが素っ頓狂な声を上げた。

シタンが淡々と後を続ける。
「ええ。被験体である彼には、自分の意志と権利を持つことを認められませんでした。逆らい続ける彼に対して、あの国はドライブによる精神コントロールを始めました。それでも彼は逆らう事を止めませんでした。その量は徐々に多くなり、薬も強力なものを投与されるようになりました。そして、彼は人ではなくなった。」

「それってどーゆーことだよ!」バルトが壁を殴る。2回、3回……。

「今、見た通りです。意志を持たないロボット。命令されるままに動く……もちろん、操る為には誰かが近くでコントロールする必要があるんですが……。」
「だけど、近くには誰もいなかったよな。先生。」

「ええ。けれども黒幕は、私達が躊躇すると計算した上で、シグルドを利用したみたいですね。私達の大切な友人を。それも彼が最も傷つく方法で利用した。シグルドはドライブを心底憎んでいました。人の意志を飲み込み、自由に操る薬。この苦しみは経験した者しか分からないでしょう。」

「つまり俺達を襲わせるためだけに、シグをドライブ漬けにしたってことか?」
「………。」シタンは、バルトの言葉に返事をしなかった。

許せない。

シタンの中から怒りが湧きあがってくる。長い長い間、忘れていた感情。笑顔の裏側に仕舞い込んでいたもの。どこまで彼等を傷つければ気が済むのか。
その正体が誰であろうと、いつか、この手で必ず……。