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エピソード5.x(6)





「う……。」
バルトが薄目を開けた。
「おい、気が付いたか?」
フェイがその顔を覗き込む。

「フェイ……なのか。」
「ああ。」
バルトの問いに、フェイは肯いた。

「先生! バルトの意識が戻った。」
シタンが駆け寄り、脈を診る。しっかりしているし、体温も平常だ。
「もう大丈夫ですよ。峠は越えました。」
シタンがにっこりと笑った。

「良かったな、バルト。助かって。」
「そう……だな。ところでフェイ、先生も。話があるんだ……。」
「シグルドのことでしょう?」シタンが口を挟んだ。
「なんで分かるんだい? 先生。」フェイが小首を傾げる。
「若くんが我々に相談を持ち掛けるなんてシグルドのこと以外にありませんよ。大抵のことならシグルドに相談しますからね。」

シタンがバルトに向き直った。
「で、相談とは?」

「あ? ああ……。シグが……その……様子がおかしくてさ。」
バルトの口調にいつもの歯切れがない。
「若くん。今更、隠す必要などありませんよ。大体の所は、想像がついていますから。」
シタンが優しく言葉を即す。

「……実は、シグの放った刺客に命を狙われた。何故だか分からない。」

「やはり。」バルトの言葉に、シタンが微かに肯いた。
「そんな馬鹿な。あのシグルドさんが、そんなことするわけがないだろ。よりによって、バルトの命を狙うなんてさ。何かの間違いだよ。」
「本当の事なんだ。フェイ、信じてくれ。う、いてて……。」バルトが上半身を起した。

「若くん。貴方の身体に付いている刀傷は、その時のものですね? 何故、もっと早く来てくれなかったんですか?」シタンがバルトの身体を支える。
「途中で気を失ったんだ。気が付いたら葬式が行われていた。俺は生きているのに!」
「バルト……。」

「そこまでして、若くんを亡き者としたい理由とは……。うーん。」
シタンが考え込む。そして、ついうっかり口を滑らした。

「……アヴェの本当の権力者は、シグルドだというのに……何故……。」
「え?」バルトが聞き返す。
「え? あ? な、何でもありませんよ。気のせいですよ。気のせい。はは。」
シタンが笑ってごまかした。





「ふ、フェイ、先生。大変よ!!」エリィが駆け込んできた。

「どうした。エリィ。」
「アヴェが。アヴェが、き、キスレブに……。」
エリィは相当混乱しているらしく、言葉が続かない。そんなエリィにシタンが声をかけた。
「エリィ。まずは落ち着いて。きちんと話をして下さい。」
エリィは大きく深呼吸をした。

「アヴェがキスレブに攻め込んだのよ!」

「アヴェがキスレブに攻め込んだって?」フェイが聞き返した。
「キスレブでは凄い騒ぎになっているらしいわ。もう、滅茶苦茶だって。人々が大勢……。」
「それが目的だったのか……。なるほど。若くんがいたら、戦争を起せる訳がありませんね。」シタンが肯く。

「くそ、シグの奴。何を考えているんだ。」
焦るバルトをシタンが取り成した。
「大丈夫。そちらは、リコがなんとかしてくれますよ。けれども、シグルドを止めなければいけません。これ以上、犠牲者を出さないためにも。」

「俺が行く!」
「若くん。その身体では無理です。貴方は死線をさまよったばかりなんですよ。」
シタンは心配気だ。

「俺は、シグに会って本心を聞いてやる。返答次第ではあいつを……。」
「どうするんですか?」シタンが続きを尋ねる。
「………。」バルトは黙り込んだ。

「1人ではどうにも出来ませんよ。手伝いましょう。」
「先生。いいのか?」
「私も本当の事が知りたいですしね。フェイ、エリィ、我々も行きましょう。」
「バルトのためにな。」フェイも肯いた。
「ええ。」エリィも―――。





「止まれ!!」

ブレイダブリクの入り口で、兵士に止められた。
「この若者の兄が危篤で、急いでいるんです。通して下さい。」
とっさにシタンが嘘を付く。
「アヴェでは戒厳令が敷かれている。許可のないものは通す訳にはいかん!」
兵士が冷たく突っぱねた。

「何だと! 俺の顔を忘れたのか!」
バルトが思わず、顔を隠していたフードを取り、兵士に食って掛かってしまった。
「その顔は……そんな筈はない! 貴様、若様の名を語ろうとする偽者だな。」
兵士は仲間を呼んだ!

やれやれ……困った若くんだ。シタンは首を振り、言った。

「こうなったら強硬突破しかありません。行きますよ。」
「望むところだ。」フェイ、バルトが口を揃えて応えた。





「シグ!」
「バルトロメイか……。」

シグルドが、ゆっくりと椅子から立ちあがった。

「やはり生きていたのか。さすがだな。」

「シグ。答えろ!! 何故キスレブに攻め入った?」バルトが吠える。
「その質問に答える義務など、俺にはない。」シグルドがあっさりと言ってのけた。
「くそっ。こいつ。」あまりの言い様に、バルトの怒りは頂点に達した。



シタンが、血気にはやるバルトを後ろ手で止めた。

「若くん。貴方は下がっていて下さい。」
「何故止めるんだ。俺にやらせてくれ!」
「貴方をここで死なせるわけにはいきません。フェイ、若くんが邪魔をしないように押さえていて下さい。」
「あ、ああ。分かった。」



「シタン……やはりお前も来たのか。」

「シグルド。こんな形では再会したくありませんでしたね。」

シタンが刀を抜いた。続いてシグルドも剣を抜く。



交わった2つの剣から火花が飛んだ。



ギリリ、凄い力だ。シタンが押され気味である。

元々、シタンの方が身体が小さい。このまま力比べになったら俄然不利だ。
「先生。大丈夫か?」フェイが心配になって声を掛ける。
「加勢は要りません。私1人でやらせて下さい!」シタンが叫ぶ。
「ふふ。やせ我慢を。まずお前から血祭りだ。」



キン!

2つの影が一瞬離れ、また交錯した。

「シグルド……答えて下さい。何故、若くんの命を狙ってまで、キスレブと戦争を起したのですか?」
交わった刀越しに、シタンが尋ねる。



キン!!

2つの影が一瞬離れ、再び交錯した。

「ヒトは滅びるべきだ。水を汚し、大気を汚し、大地を汚す……元々この星に、ヒトという種は存在していなかった。神と共にこの地に降り立ち、神と共に滅びる。これがヒトの運命(さだめ)だ。」
交わった剣越しに、シグルドが答える。



何度も何度も離れては交錯する。そして……。



ザクッ!

「くっ……。」シタンが肩を押さえ、片膝をついた。

シタンの萌黄色の衣が、見る見るうちに別の色に染まっていく。
「先生!!」フェイが叫んだ。
「……かすり傷ですよ……。」
シタンの刀もシグルドの右肩を切り裂いていた。……当然出るべきはずのモノが……出ない!!


代わりに、彼の右肩からは無機質な配線がのぞいていた。


「貴方はシグルドではありませんね。」

「んだと!!!」バルトが叫ぶ。
くっくっく、シグルドではないものが笑った。

「今まで気が付かなかったのか? それだけそっくりに出来ていたか、俺は。」
シタンが刀を杖代わりにして立ち上がった。
「いいえ。確信が持てないでいただけです。だいたい、シグルドが若くんの命を狙うわけがないでしょう。シグルドは、殺されたってそんな真似はしませんよ。」

「兄弟愛ゆえにか……全く涙ぐましいことだな。」



ピタリ、刀が止まる。

シタンが中段の構えを取った。
「これで安心しましたよ。」

偽シグルドが不敵に笑った。
「勝てるつもりでいるのか? この俺に。」
「当然ですよ。」
殺気に満ち満ちたシタン。そんな彼は今まで見たことがない。

フェイとバルトが思わず息を呑む。



偽シグルドが切り込む。シタンは身をひるがえし……叩き斬った!



“パチパチパチ”

アンドロイドは火花を吹き上げ、倒れた。



「先生。大丈夫か?」フェイが駆け寄る。
「かすり傷だと言ったでしょう。……ん? フェイ。危ない!!」
シタンがフェイを抱え、飛びのく。

“ドッカン!!”

タッチの差で、倒れていた偽者の身体が爆発した。

「ひぇー、危ねぇ危ねぇ……。」バルトが胸を撫で下ろす。
側に立っていたら即死していたかもしれない。
「最悪ですね……。」シタンは小声で呟いた。

「何故だい。先生。」それを聞いたフェイが問い掛ける。
「彼がアンドロイドでしたから。」
「人間じゃなくて良かったじゃないか。人間を傷付けるのは、あまり気持ちいいものではないよ。」
シタンはフェイに向き直り、語り掛けるように説明した。

「フェイ。彼がアンドロイドということは、彼を造った人間が別にいるということですよ。アンドロイドはプログラムされた以上のことは出来ませんからね。残念ながら、それに繋がる手がかりは、今、消されてしまいましたが。」

「え? 先生、そりゃどういうことだ。」2人のやり取りを聞いていたバルトが聞き返す。

「この一連の事件はまだ解決していません! このアンドロイドを影で操っていた別な人物がいるということですよ。その人物を倒さない限り、事件は終わらないでしょう。このシグルドはあまりにそっくりに出来ていました。声の抑揚、クセ、身のこなしの全てが。ここまで彼を知っている者はそうはいないはずなんですが……。」
シタンはアンドロイドの残骸に視線を落とした。

「まさかシグじゃねぇだろな。」バルトが呟く。
ぷっ。シタンが吹き出した。
「その心配だけはありませんよ。それより、シグルド本人を探しましょう。」
「シグが生きてる確証でもあるのかい。先生。」
バルトが期待交じりに見やる。

「ありませんよ。」

ずるりん。
シタンの即答に、バルトとフェイはきれいにずっこけた。

「あのなぁ……。期待を持たせるような言い方をしないでくれよな。」
バルトの突っ込みに、シタンが済まなそうに頭を掻く。
「保証が出来ないと言っただけで、死んでいるとも言っていませんよ。あまりロコツにガッカリしないで下さい。」

「それにしても、どこにいるか検討もつかないよ。」
「生きていれば、この城の何処かにいるはずですよ。」
「なんで分かるんだい? 先生。」フェイが聞き返した。

「自分の身近に置くのが一番簡単だからです。もし、逃げ出した時にも処分がしやすいですし。」
「処分っていうと?」
「殺害です。」
バルトとフェイは言葉を失った。まさか、な……。



彼等は微かに響く、野獣の叫び声を聞いた。

「あれは?」