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エピソード5.x(4)





(城に帰れねえとなると、フェイんとこに行くしかねえな。あそこなら陸続きだし、フェイも頼りになるからな。それに先生ならいい知恵を貸してくれるだろう。)
バルトはバイクをすっ飛ばす。





「ちっここを通んなきゃなんねえのかよ。」
前方に見えるは黒月の森。
「ここは強引に走り抜けるしかねぇな。」





「こんなに迷ったのは、あの鍾乳洞に落ちて以来だな。うわ!」
木の根にタイヤを取られ転倒。
「ちくしょう。」
転んだ拍子に背中を打ちつけたらしい。傷がズキズキと痛み始めてきた。木の幹に縋るように立ち上がり、忌々しそうに木の根を蹴りつけるバルト。彼の背後、忍び寄る影。
「!!」





「ねえ。今、何か音がしなかった?」
「気のせいだろ?」

“……”

「ほら、また。」
「俺には聞こえないよ。気のせいだよ。」
「ちょっと見てくるわ。」
「エリィ、止せって。」

フェイの制止を無視して、エリィは扉を開けた。すると………壁に寄りかかるように、血まみれのバルトがそこに立っていた。
「キャーーー!!」エリィは腰を抜かした。

「どうしたエリィ。」
「バ、バルトさんの、ゆ、ゆうれい……。い、いや来ないで!」
気を失っているのだろう、バルトの身体はグラリと傾くと、腰を抜かしているエリィの上に倒れた。

「いやーーー!!」エリィはバルトの下敷きになり、パニックを起している。
フェイはバルトの姿を見て一瞬ぎょっとしたが、バルトの身体に触り、身体が温かい事を確認する。まだ生きている、ゆうれいなんかじゃない。

「バルト。おい、しっかりしろ。」
彼はバルトの身体をエリィから引き離し、床に横たえ、頬を2,3回軽く叩いた。バルトは薄く目を開けたが、また気を失ってしまった。エリィはまだ呆然としている。

「エリィ、しっかりしてくれよ。ゆうれいなんか、この世にいるわけないだろ。」
「え? じゃあ……。」フェイに腕を引かれ、エリィがやっと身を起す。
「バルトは生きてるよ。俺、先生呼んで来るからさ、ちょっと見ててくれな。」
「フェイ! 私にどうしろって言うのよー。」





取り残されたエリィは、バルトの身体を運ぼうとするがどうも上手く行かない。上手く行くはずがない、彼女より20cmも大きい男を運ぼうというのだから。バルトに掛かる負担も考えて彼女は運ぶことを諦め、血で汚れた彼の身体を拭くことにした。傷が体中にある。かすり傷から深いものまで、いったいどうしたのだろう。深いものからはぬぐってもぬぐっても血があふれる。ようやくきれいになった頃、フェイがシタンを連れて帰ってきた。





「若くんが生きているって? そんなことがあるばすないでしょう。」
「でも実際に、ここにバルトがいるんだよ。」
「マルーさんがはっきり言ったじゃないですか。」
「とにかく診てくれよ。先生。」

「こ、これは。」

バルトがうつ伏せで寝かされており、その背中には大きな刀傷があった。脇腹にも同じ程度の傷。その2つからは、まだ血が流れ出していた。

「この傷は一度縫い合わされていますね。なのに動き回った為にまた裂けてしまっている。これは厄介ですよ。エリィ、お湯をたくさん沸かして下さい。あと、清潔な布を何枚か用意して。」シタンが立て続けに指図する。
「はい。」
「先生。何をする気なんだ?」
「縫合し直します。」





「終わりました。」

フェイは、ほっと一息つくとシタンに尋ねた。
「先生、バルトはどんな具合なんだ?」
「まず、背中と脇腹に大きな刀傷。かなりの出血だったと思われます。肩、胸、腕などに同じく刀傷。まあ、これは前の2つに比べると軽い方ですけどね。あとは、全身にかすり傷。これはモンスターによるものでしょう。」
シタンがあくまで冷静に答える。そんな彼に対してフェイは少し腹を立てた。

「だから何なんだよ。バルトは助かるのか?」
「大丈夫…といいたいところですが、出血がどの程度の量なのか分からないので、何とも言えません。後は若くんの体力を信じるしか……。」
「先生、医者なら何とかしろよ!」フェイが食い下がる。

「フェイ。私だって万能ではありません。私だって出来れば助けたい……。」
両手を白くなるほど握り締め、わなわなと震えている。そんなシタンを見るのは初めてだった。言葉を失うフェイ。



「フェイ、先生。その傷はどうしたの?」エリィが尋ねた。
見れば2人とも、かなりの数のかすり傷を負っている。

「あ、これ? つちのこにやられたんだ。」フェイが答えた。
「つちのこに? まさか。2人とも?」
エリィには信じられなかった。それは当然だろう。今の2人なら、つちのこ如きに引けを取るとは思えないからだ。一度に20匹、30匹と大量に発生しない限り。

「本当にそうなんです。身体が重くて思うように戦えないんですよ。私だけかと思っていましたが、どうやらそうではないらしいですね。」
シタンが眼鏡に手をやる。彼の癖だ。
「エリィ。申し訳ありませんが、貴方のロッドを持ってきてくれませんか。」
エリィがロッドを取ってきた。

「エリィ、そのまま私に打ち掛かってきて下さい。」
「え? 先生に攻撃するんですか?」彼女が聞き返す。
「そうですよ。私を打ち倒すつもりで、思いっきりやってみて下さい。大丈夫。ケガなんてしませんから。」シタンがにっこり微笑む。
それとは対照的にエリィは困っている。

「先生、俺じゃ駄目なのか?」それを見ていたフェイが口を挟む。
「フェイ、貴方の実力は先ほど見ました。知りたいのはエリィの実力です。さあ、エリィ、遠慮しないで。」
エリィは覚悟を決めて、シタンに打ち掛かる。彼女の攻撃をシタンは全て、見事にかわした。
「もういいですよ。」
シタンもエリィも息が上がっている。

「先生。思うように動けないって言ってたけど、全部避けたじゃないか。」
「フェイ。さっき言ったでしょう、知りたいのはエリィの実力だって。私が全て避けられたということは、彼女の実力もその程度だということですよ。」
「え?」
「彼女も能力が落ちている。つちのこと戦ったら、かすり傷ではすまないかもしれません。フェイ。私を呼びに来たのが貴方で良かった。」

(どういうことだ?)
フェイは、シタンの言っていることが分からない訳ではない。だが、能力が落ちているとは? それの意味することは? いつからなのか? フェイの頭に疑問が渦巻いていた。
そんなフェイの疑問に答えるように、シタンは話し始めた。

「能力が落ちている……貴方の場合だと、ちょうどラハン村にいた頃位だと思われます。おそらく、私自身もそれ位だと。エリィの場合は良く分かりませんが。」
「じゃあ、元に戻すには戦闘をするしかないのか?」

「そうです。けれども前より悪いかもしれません。」
「何故だい?」
「ゾハルの消滅により、我々はエーテル力が使えません。だいたい小波が使えさえすれば、若くんの傷も……。」
ちらりとバルトの顔を見やった。顔色が悪い。日焼けしているはずの顔が心なしか蒼白に見える。

「したがって、あまり無茶なことは出来ないということです。」
「そうか。」
「次に能力の落ちた原因ですが……。」
フェイが先回りをして言う。
「デウスを倒したからだろ?」

「そうではありません! 能力低下はごく最近起こりました。私の記憶に間違いがなければ、それは若くんの葬式の前後です。もしデウスを倒したことによるものなら、エーテル力が使えなくなるのと同時に起きたはずです。それは分かりますよね。」
「うん。」
「と、すれば誰の手によって、我々の能力低下が引き起こされたと考えるべきでしょう。」

「先生。それって考え過ぎじゃないのか?」
「フェイ。これが私だけの話なら、年齢のせいとも思ったでしょう。いえ、先ほどまでは本当にそう思っていました。しかし、共に18歳であるあなた方の身にも、同じことが起きているとすれば、また、若くんの身にも起きているとすれば、故意に引き起こされたと考えるのが当然でしょう。」

「何故バルトにも起こっていると分かるんだよ。」
「彼の傷を見れば分かります。」
「え?」

「彼の身体には刀傷の他に、無数の打ち身、引っ掻き傷等がありました。おそらく黒月の森にいるフォレストエルフによるものでしょう。普通だったら彼があの程度のモンスターに引けを取るとは思えません。だとしたら彼の能力も落ちていると考えるのが自然です。例え、全身に傷を負っていたとしても。」
フェイはバルトの顔を見た。バルトは硬く目を閉じている。

「どうしてこんなことが起こってるんだよ。先生。教えてくれよ。」
シタンは顎に手を当てて、足でたんたんたんとリズムを取り考え込んでいる。
「先生。先生なら分かってるんだろう?」
シタンは黙ったまま。

(シグルド……貴方もしや……。)

「先生!」
フェイの言葉にようやくシタンは顔を上げた。
「今は何とも言えません。推測をするにも材料が足りなさすぎます。ただ、私には若くんの身に起きた事と、私達の能力低下が一つの線で繋がっている様に思えるんですよ。彼の身に何が起きたのかが分かれば、少しは事件の全体像が見えてくるものと思います。だから、ここは若くんの回復を待って事情を聞くのが一番でしょう。全てはそれからです。」

(バルト、がんばってくれ……。)