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エピソード5.x(3)





“きゃはは”
子供達がはしゃぎ回る。

「いくら休憩だからって、隊からあまり離れてはダメよ。」
子供が意識のないバルトを見つけた。
「お母さん、人が倒れてるよ!」
子供の母親らしき女性が、バルトに近寄り、彼の脈を取る。弱々しいが、規則正しく脈を打っていた。
「まだ生きてるみたい。けれどこのままじゃ危ないわ。隊長を呼んできて。」





「こりゃあまた、ご立派な身体じゃな。全身傷だらけではないか。何処で拾ってきた?」
手当てをしている長老らしき男が尋ねる。
「この近くに倒れていました。」

“隊長”と呼ばれる男がバルトに視線を落として言う。
「この男、この身体で砂漠の中を歩いてきたのか。よほど行きたいところがあったのか、それとも命を狙われていたのか、どちらかだな。」
「助かりそうですか?」女性が聞く。
「何とも言えん。致命傷そこないが、出血が多過ぎた。一週間程、危険な状態が続くじゃろう。」

隊長が腕組みをして、ため息をつく。
「ところで長老、この男、何者か知っていますか? ただ者ではなさそうですけど。」
「おそらくアヴェ、ファティマ王朝の者じゃろう。先代の国王に良く似ておる。」
「アヴェの指導者は確か……まだ10代の若造……だったはず。それではこの男が……。」

「間違いない、“バルトロメイ・ファティマ”アヴェの指導者じゃ。その男が深手を負い、ここにこうしておるということは……。」
「またクーデターですか。」
「そうじゃ。ここも危なくなるであろう。」

隊長が女性に向き直った。
「お前は、一週間この男に付いているつもりか?」
「ええ、気が付くまでは。」
「隊長として、隊を面倒な事に巻き込む訳にはいかん。我々は、明日ここを離れる、お前達は付いて来るな。また、お前達の身に何があっても我々は一切、関知しないからそのつもりでいろ。」

「分かりました。」





ニサンに使者が向かった。
「若が倒れたって?」マルーが驚きの声を上げる。

「はい。昨日の夜、突然苦しみ出しまして、うわ言でマルグレーテ様の名前を呼び続けています。」
「そんな……。この前はあんなに元気だったじゃないか。僕は信じないぞ。」彼女の眼が潤む。
「ですがマルグレーテ様、バルトロメイ様の容体は明日をも知れぬ状態ですので。」
「僕は信じない……信じないぞ……うっ、うっ。」
とうとう、彼女の眼から涙が零れ出た。

「アヴェに来ていただけますね。」
「うん……。わかった……すぐ行く。」





「来たか。」
「はい、隣の部屋にお連れしました。」使者が最敬礼する。
「そうか。下がっていいぞ。」
シグルドは、隣の部屋に続くドアを開けた。

「若は? 若は何処? 若は生きてるの?」
マルーは、シグルドの姿を見るなり、彼に駆け寄った。
「マルー様、どうか落ち着いて下さい。若はまだ生きています。」
マルーはシグルドの服から手を放し、ほっとした様子で笑顔を見せた。

「大教母様ともあろうお方が、そんなに取り乱しては困ります。まずはこれを飲んで落ち着いて下さい。」
マルーは、テーブルに出されていた紅茶を一口、こくん、と飲んだ。
「おいしい……。」

シグルトは、マルーに優しく語り掛けた。
「落ち着きましたか?」
「うん。」

「マルー様。先ほどの取り乱し様では、若に会わせることが出来ませんよ。もう少しお飲みなさい。すぐに会わせてあげますから。」
「はい。」
マルーは素直に、カップの中身をゆっくり、味わうようにして飲んだ。

やがてカップが空になった頃、マルーが呟く。
「あれぇ? なんだか、頭が、ぼうっとする……。」

「大丈夫ですか?」シグルトが聞く
「………。」返事は、ない。

マルーの眼はすでに虚ろになっていた。
シグルドがふっと笑う。

そしてマルーに暗示を掛け始める……。

「……あなたは、バルトロメイ・ファティマの最後を看取るため、ここにやって来た。だが、駆けつけた時には、すでにバルトロメイは息を引き取っていた。あなたはその遺体に縋り付き泣いた。バルトロメイは死んだ……。」

「バルトロメイは死んだ……。」マルーが復唱する。
「バルトロメイは死んだ……。」シグルドが繰り返す。
「バルトロメイは死んだ……。」マルーが再び復唱する。

「……あなたは彼の死を悼むため、アヴェにとどまり、その葬式に出席する。葬式に駆けつけて来る者達に、あなたはバルトロメイの遺体を見たと告げる。この暗示はあなたの無意識の部分に記憶される。目覚めた後、あなたはこの暗示を全く覚えていない……。」

シグルドは部下を呼び、眠りに落ちてしまったマルーを、別室に運んで行かせた。

シグルドが頬杖をつき、ふっとため息をついた。

「シグルド様?」
「大教母がこうしてアヴェに来たという事は、バルトロメイはニサンに辿り着いていない様だな。」

「いかがしましょうか?」
「まあ、待て。もしかしたら、かつての仲間のところに行っているかもしれん。バルトロメイの葬式に彼等を呼ぶ。葬式に来なかった者がいれば、間違いなくそこにバルトロメイがいるはずだ。」
「なるほど。」

「すぐに使者を出せ。バルトロメイの葬式は一週間後だと伝えろ。」
「はい。」





一週間後。

バルトロメイ・ファティマの国葬がアヴェにて執り行われた。
棺を先頭にした悲しい行列が、ニサンを目指し進む。
棺に続いて親しかった人々、マルー、シグルド、フェイ達が続く。
その後にはアヴェの民。行列は何処までも続き、いかに民衆に慕われていたかが分かる。





そして、棺が霊廟に安置された。





夜、親しき者達が大広間に集まる。

「忙しいところ、若のために来てくれてありがとう。ここにあるのはほんのこころばかりのものだが、派手なことの好きだった若のために、どうか、にぎやかにやって欲しい。」
シグルドが献杯の音頭をとった。

当然、故人の話に花が咲き始める。
「バルトってさぁ、色々とやらかしてくれたよな。」
「考える前に、体が動くタイプだったんでしょうね。」

「そのせいで、えらい目に会ったこともあったよな。な、エリィ。」
「ええ、ほんとに。漂流した時は、どうしようかと思った。食べるものもなくなっちゃったし。でも、そのおかげであなたと分かり合えることが出来たわ。」
「エリィ……。」
フェイとエリィは見つめ合い、ラブラブモードに突入。

「コホン。2人のお気持ちは分かりますが、とりあえず時と場所を、わきまえてからにしてくれませんか。2人とも、もう大人なんですから。」
シタンが咳払いをして止めさせる。

「何、かてーことぬかしてんだ。やらせときゃいいんだよ。」とジェシー。
「ですが、こういう場ですし。」
「奴(やっこ)さんも嫌いなほうじゃなかったぜ。形式ばかりにとらわれているから、お前さんは年より老けて見られちまうんだよ。」
「余計なお世話です。私もそれを気にしてるんですから!!」(←なんでああなんだろ)

「おお、こわ。」

「シタンさん、ごめんなさい。」ビリーがとりなす。
「ビリー、なんでお前が謝る必要があるんだよ。」
「親父、言い過ぎ。いくらシタンさんが30代後半に見えたとしても、正直に言うことないだろ。」
フェイとエリィがたまらずプッと吹き出した。

シタンは怒るに怒れず、いつもの笑顔を引きつらす。

「……でも、なんだか憎めない人だったね。」ビリーが続けた。
「いつも、口喧嘩ばかりしていた貴方が意外なことを言いますね。」
「え? バルトってすぐにムキになるからさ、面白くてからかっていただけだよ。」
「そうですね。常に彼は一生懸命でしたからね。」

「それに早とちり。そのせいで俺なんか何回、危険な目にあったか。」
「フェイ、それはあまり言わないでおきましょう。」
「しかし、打ち落とされた時は俺もどうかと思ったぜ。」リコがフェイに賛同する。


「シグルド。お前、さっきからちっとも食ってねえじゃねえか。にぎやかにって言ったのはお前だぜ。まあ、少しは飲め。」

ジェシーがシグルドのコップにワインを注ぐ。
シグルドの困った顔を見て、シタンが助け船を出した。
「まあまあ、先輩。今日のところは勘弁してやって下さい。」
「ヒュウガ、お前が代わりに飲むか?」
「仕方ありませんね。」
シタンがコップの中身を一気に飲み干す。

「ふぅ。こういう飲み方をするとワインが可哀相ですよ。ワインはゆっくり味わって飲まなくては。ところでシグルド、どうして私を呼んでくれなかったんですか?」
「え?」
「私では頼りなかったのかもしれませんけどね。医者として少しは役に立ちたかったですよ。」

「ヒュウガ、お前酔ってるな。」
「そうです。ひょっとしたら助けられたかもしれないんですよ。」

「お前でも無理だ。あっという間だった、マルー様でさえも間に合わなかったくらいだ。」
「マルーさん、そうなんですか?」
「うん……。ボクが駆けつけた時には、もう息をしていなかったんだ。手を握っていると、若の身体からどんどん温もりが消えていくのが分かっちゃうんだ。うっうう……。」

「身体に変な斑点などは出ていなかったのですか?」
「お前、何考えている。」
シグルドがむっとした。

「あまりに急すぎるので、毒でも盛られたのかと。」
「いくら酔っているとはいえ、ヒュウガ、冗談にもほどがあるぞ。」
「シグルドの言う通りだ。考え過ぎるのはお前の悪ぃクセだぜ。」
ジェシーがシグルドをかばった。

「そうですね。私なら若くんより先に、シグルド、貴方を亡き者にしますしねぇ。」
「酔っ払いの戯言だ。シグルド、気にすんな。」ジェシーがシグルドの肩を叩いた。
「ジェシー先輩、先輩には言われたくありませんよ……。」
シタンがため息を吐いた。





「うう……。シグ……。」
「気が付きましたか?」

「ここは?」
「砂漠のオアシス。陛下はここで倒れていました。」
「何?」
ガバッと跳ね起きるバルト。
「落ち着いて下さい、バルトロメイ陛下。」
「何故、俺の名を? それに今は国王ではないぜ。」
「貴方の名は、この辺りに暮らすものなら誰でも知っております。国王でなくても、アヴェの指導者にはかわりないでしょう。」

「今は国を追われた哀れな男さ。」

「貴方ほどの方が、どうして……。」
「俺にも分からねぇ。側近に裏切られたら、どうしようもねぇよな。はは。」
バルトが自嘲気味に笑った。

「だからってこのまま引き下がる訳にはいかねぇ。理由のいかんによっては、たとえ相打ちになったとしてもこの礼はしねーとな。」
碧い瞳を異様に光らせ、ドスのきいた声で呟いた。

「バルトロメイ様……。」
「ところで気が付くまでの間、あんたが手当てをしてくれたのか?」
「はい。」
「ありがとう、すまなかったな。」
バルトはゆっくりと立ち上がった。

「あんたは隊に戻んな。俺に関わったと分かったら、ただでは済まないぜ。」
「しかし、そのお身体では。」
「なんとかなるさ。」

「そういう訳にはまいりません。せめて背中の傷が良くなるまでは。」
「つかまるとしたら、俺1人で充分だ。あんたは巻き込まれる必要はねぇ。死体が一つ、余計に増えるだけだぜ。俺の言っている意味は分かるよな。」
「はい。」

「つーことで俺は行く。そこの折り畳みバイク、貸してもらえるかい?」
「どうぞお使い下さい。でも今、城にはお戻りにならないほうが。」
「何故だ。」
「先日、バルトロメイ様の国葬が執り行われました。今お戻りになりますと、民衆が混乱すると思われます。」
「くそ、シグの野郎。」
バルトがバイクにまたがり、力任せにエンジンを掛ける。



“ばるん”



「陛下、どこへ。」



“ばるるん”



「あんたは知らなくていい。俺の事は忘れるんだ。」



“ばるるるー”



砂煙を上げてバルトは去って行った……。