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エピソード5.x(2)





場面変わって、ここはニサン大聖堂。

「大教母様にお目道り頂き、誠に恐悦至極に存じます。」
バルトが深々と頭を下げた。

「若、そんな堅苦しい挨拶なんか抜きにしてよ。」言われたマルーの方が恐縮している。
続けてシスターアグネスも言う。
「そうですよ。アヴェの国王ではなくなったとは言え、あなたは立派な指導者ですから、そこまでへりくだる必要はありませんよ。」

バルトが顔を上げ、いたずらっぽい笑みを見せる。
「たまには、堅苦しい事もしてみたくってな。どうだ、見直しただろう。」
「ホント、誰かと思ったよ。まるで別人なんだもん。」マルーも笑う。
「さあさぁ、年寄りは退散しましょ。」シスターアグネスが部屋を出て行った。


「若、急に来るなんて、びっくりしたよ。」
「なんだかさぁ、急にお前の顔が見たくなって来ちまった……。はは、まったくらしくねぇよな。」
バルトは真顔になると、いきなりマルーを抱きしめた。

「若……苦しいよ。」
「嫌か?」
「ううん。嫌じゃない。」
「マルー。しばらくの間こうしていさせてくれ……。」

「若……どうしたの?」
「嫌な予感がするんだ。二度とお前に会えないような、そんな感じが消えないんだ。」
「そんな恐いこと言わないでよ。若がいなくなったら、ボクはどうすればいいの。」
「そう簡単にくたばったりしないさ。ただ、シャーカーンの野郎がクーデターを起した時と同じ感じがするんだ。これから長い戦いが始まるような……変だよな。」
「変だよ。だってデウスは若達がやっつけたんでしょ? 戦いが始まるなんて、そんな訳ないよ。」

「お前、泣いているのか? 相変わらず泣き虫だな。」
「若のせいだよ。若が変な事言うから。あの頃のこと思い出しちゃったじゃないか。」
「あの頃?」
「2人でシャーカーンに捕まっていた頃のこと。」
「ああ、あれか。」
「もうあんな目には遭いたくない……。」マルーが胸の中で泣く。

「そうだな。思い出させちまってごめんな。俺、どうかしてたんだ。今のことは忘れてくれ。たのむな。」
「うん。」





バルトがニサンから戻ってきた。
「シグ、俺の留守に何かあったか?」
「何もありません。」シグルドが即答する。
バルトがシグルトの返事に対して、不思議そうに首を傾げた。

「変だな。さっきから皆、俺に対してよそよそしい感じがするんだが……。爺は?」
「メイソン卿なら、先日から体調を崩し、部屋で臥せっております。」
「爺も年だからなぁ。いっちょ、からかいに行ってくるか。」
シグルドが、そう言うバルトを咎めた。
「若、病人を見舞うにはもう遅すぎます。明日にしてはどうですか?」
「それもそうだな。」

シグルドは紅茶を入れ、バルトに勧めた。
「今日のところはこれでも飲んで、ゆっくり休んで下さい。」
「ああ。」
バルトは、勧められた紅茶を一気に飲み干すと自分の部屋に向かった。





真夜中

暗闇に紛れて動き回る人物が2人。

「バルトロメイ・ファティマの部屋はここだな。」
「しっ。あまりでかい声を出すと聞こえるぞ。」
「大丈夫だ。聞こえる筈がねえよ。」
「それもそうだな。」
鍵を開け、中に忍び込む。

「良く寝てるぜ。」
「2度と、朝日が拝めないとも知らないで……くくく。」
1人が剣を抜き、バルトの左胸の真上に合わせる。
「苦しまずに死なせてやるよ。」
「恨むなら、シグルド様を恨むんだな。」


剣が振り下ろされた瞬間、バルトは跳ね起き、間一髪で避けた。
目標を外れた剣は、ベッドに深々と突き刺さる。
「こ、こいつ、起きてやがった。」慌てる男。
「俺の寝首を掻こうなんざぁ、10年早えんだよ。」バルトがハッタリをかます。

「慌てるな! こいつは満足に動けない。2人でやれば……。」
「ああ、そうだったな。」
2人がじりじりと間合いを詰めてくる。
(やべえな。落ち着きを取り戻しちまった。このままじゃ……。)

後ずさりをするバルト。
「せやっ!」
1人が切り付けてくる。


身を交わすのが一瞬遅れた。
男の切っ先はバルトの肩をかすめ、そこから血が流れる。
続けてもう1人が剣を横になぎ払った。
バルトは横に飛びのくが、横腹を切り裂かれた。

(くそっ、身体が思い通りに動かねえ。)
再び、2人の男が交代で切りかかってくる。
2人の剣を辛うじて交わしてはいるが、攻撃を受ける度、確実に身体の傷が増えていく。
はたしていつまで避けきれるか……。

横腹の傷を押さえ、肩で息をしているバルトに男が言う。
「ふふ。手足が痺れて満足に動けまい。」
「何故、お前達がそれを知ってる?」
「あんたは一服盛られたんだよ。」

「なんだと!!」
「本来なら目を覚ます事もない筈だったが。流石、と言うべきかな。」
「一体誰が?」
ふふんと、男が鼻で笑う。

「知りたいか? ここに戻ってきてから、口にしたものを考えてみろよ。」
バルトにとって心当たりは一つしかない。

“……今日のところはこれでも飲んで、ゆっくり休んで下さい。……”

(まさか……あの時か?)
バルトの顔色が変わった。

「分かったようだな。あんたは用済みなんだそうだよ。」
「生きていられたら邪魔なんだとよ。」もう1人の男が笑う。


(せめて鞭さえあれば……)
壁に掛けてある鞭がバルトの目に留まった。


「今度こそ死ね!」
切り付けてくる男を突き飛ばし、反対側の壁にある鞭に手を伸ばす。
――瞬間、バルトの背中に隙が出来た――。
「うわぁ!!」
彼は背中に男の太刀を浴びてしまった。


彼は倒れ、そのまま横に転がり、男達から少し離れた位置でよろよろと立ち上がった。
床には、彼の血による染みが付いた。
それはかなりの大きさであり、背中の傷の重さが窺える。

「これで、本当に終わりだ。あばよ。」
男は言い終わると有無を言わさず切り込んできた。

バルトはふわっと飛びのき、そのまま窓を突き破って外に飛び降りた。


「ちっ逃げられたか。」
男が顔を出し、窓の下を覗く。暗闇のため、良く見えない。
「この高さだ。下で気を失ってるかも知れん。行くぞ。」
男達は部屋を飛び出した。





血なまぐさい戦いのあった部屋に、銀髪の男が1人。
彼は指で床の染みを擦ると、指に付いた匂いを嗅ぎ、ふふ、と笑った。





バルトは途中の木の枝に鞭を引っかけ、地上へ叩き付けられるのを防いだ。
「いてて……なんとか捻挫ぐらいで済んだか。このままここにいたら危ねえな。……身を隠すんだったら、やはりあそこしかない……な。」
彼は暗がりに姿を消した。





「おい、いないぞ。」
「あの傷じゃそう遠くには行けまい。この近くに居るはずだ、探せ。」
男達が何度も往復する。バルトは息を潜めている。
傷がずきずきと痛み、時折気が遠くなる。が、ここで気を失う訳には行かない……。


「畜生、何処行った。」
「もうじき夜が明ける。諦めて報告しに行こう。」
男達は立ち去った。

(やれやれ……やっと行ったか。)
(ガキの頃、爺をまく為にやった“かくれんぼ”がこんな時に役立つとはな。人生分かんねぇもんだぜ。)
(とにかくここを出なきゃ……。)
バルトは這いずるようにして、城を後にした。





「すみません。取り逃がしました。」男達が頭を下げる。
「その様だな。」報告された男は顔色一つ変えない。
「ご存知でしたか。」
「先ほど部屋を見に行った。奴はかなりの手傷を負っているようだな。良くやった。」

「しかし殺せと……。」
「あの出血なら長くは持たない。仮に助かったところで、おびき寄せれば済む事だ。下がっていいぞ。」
「はい。」
「それからこの件は他言無用、バルトロメイは“病のため危篤”だ。分かったな。」





(くそ、このまま死んでたまるか……。あいつに真実を聞くまでは。)
星空の砂漠、バルトは重傷の身体を引きずって歩く。
背中からの出血は一向に止まる気配がない。
バルトは激しい目眩に襲われた。


(……マルー……。)