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「ふう。なかなかうまくいきませんね。そろそろあきらめて寝るとしますか。」
シタンは部屋の明かりを消し、眠りに就いた――。
――そう、福音だ。神の眠りと共に楽園から追放され、異郷の民として、過酷な地上で生きることを余儀なくされた我等ヒト。
地に満ちた我等が再び神の御下、楽園へと回帰し、永遠の生を得る。それが福音の劫<とき>だ。その劫<とき>が迫っておる。
我等ガゼルはそれまでに神の眠る地を見つけだし、神を復活させねばならぬ。それが叶わぬ時は……
――叶わぬ時は?
――我等は原初からの運命<さだめ>により……
――野鳥が外で騒いでいる。
「もう朝か。」
シタンは寝返りを打った。
下からミドリとユイの楽しそうな会話が聞こえてくる。どうやら朝食の支度をしているようだ。
もうじきユイが、朝食ができたと起こしにくるだろう。
デウスを倒してから半年、世の中は平和を取り戻しつつある。
ジェネレーターやエーテル力は使用できなくなったが、人々はそれに頼らない新しい文明を築き始めている。
彼自身も、新しいエネルギー機関を作り出そうと躍起になっているところだ。
それなのに、なぜ今ごろになって、あの頃の夢を見たのだろう。
全て終わったはずなのに。
<接触者>フェイ、<対存在>エリィ、どちらも今は意志を操られることもなく幸せに暮らしている。
もはや前世のような喪失を、再び味わうこともないであろう。
「私の思い過ごしですね。疲れているのかもしれないな。」
シタンはもう一度眠ろうとしたが、起こしにきた彼の妻はそれを許してはくれなかった。
「あら、いらっしゃい、フェイ。」
「こんちわ、ユイさん。先生は……。」
「調べたいことがあるって、朝食食べてからどこかに出かけたわよ。4、5日帰らないかもしれないから心配するなって言っていたけど。」
「げっ! エリィが熱を出したから、先生に診てもらおうと思ったんだけど……。本当に無責任だよな、医者のくせに。」
フェイは膨れっ面をみせた。でもフェイにそんなことを言えた義理だろうか。シタンにはキスレブの地下水道で、フェイの化け物退治に付き合った為、何日も宿舎の医務室を空けたままにしていた実績があるというのに。
「で、どこ行ったの?」
さあ、新しいエネルギー機関を作るってずっとガタゴトやっていたから、その関係かしらね。」
「じゃあ、多分あそこだ。あーあ、それなら当分帰ってこないよなあ。どうしよう。」
ユグドラシルで飛行していた頃は簡単にたどり着けたのだが。
フェイのがっかりした顔を見て、ユイはたずねた。
「熱ってどのくらいの熱なの?熱以外に症状はあるの?」
「熱以外には特に……。熱も高熱って訳ではないけど、とにかく初めての事だから焦っちゃってさ。」
「クスッ、それならちょっと待っていてね。」
ユイは花壇から薬草を抜いて持ってきた。
「はいこれ。煎じて飲めば熱は下がると思うわよ。」
「ユイさん、花の他にこういうものも栽培していたの?」
「ええそうよ。家族の体調不良はたいてい、私がこれで治しちゃうわよ。シェバトでは薬草学が発達していたからね。シェバト内で植物を栽培していたのをフェイも見たでしょう。
地上での薬品の調達が難しいから、自分たちで薬草を育てて使っていたのよね。」
「ひょっとして、先生のも?」
ユイはプッと吹き出した。
「あたりまえじゃない。ああ見えてもあの人よく風邪を引くわよ、すぐに無理をするから。
襟高の服を着ているのもそのせいなの。のどが弱いからね。それに大きな声では言えないけれど、あの人の薬はあまりアテにならないし。生活がかかっているから、普段はでしゃばらない様にしているだけよ。」
(先生、医者をやっている必要なんて無いんじゃないか……?)
頭に???マークを大量に飛ばしつつ、フェイはもらった薬草を持って帰った。
数日後
「お帰りなさい。」
シタンが帰ってきた。
「ただいま、ミドリ、ユイ。私の留守中に変わった事は?」
「特にないわ。フェイが訪ねてきたくらいよ。」
「へえ、フェイが。何でしょうね。」
「エリィさんが熱を出したみたいだったから、熱冷ましの薬草を渡しておいたわ。」
ユイの言葉に、シタンはちょっとムッとした。
「あのですねぇ、家族に使うのなら文句も言いませんけど、他人に使うのは止めてくれませんか。まったく、営業妨害ですよ。まるで私が必要ないみたいじゃないですか。」
ユイはニッコリと微笑みながら言った。
「そう思うのだったら、何日も留守をしないでちょうだい。私達はもう慣れっこですけれどね。でも、もうちょっと真面目に仕事をしたらどうかしら? 今までみたいにカモフラージュだったら何も言わないけれどね。」
(うわっ、やぶへびだったな。今回はかなり怒っていますね。今日の夕食は作ってもらえるのかなあ……。)
シタンは聞こえないフリを決め込んだ。
次の日
シタンは外出の準備をしている。
「また何処かに出かけるの?」
「ちょっとフェイのところまで診察に。」
「えっ? エリィさんの熱はとっくに下がっているはずよ、だって何日も前の話だもの。」
「(ソラリス出身のエリート医師として)シェバトの民間療法が信用できるわけないでしょう。それに、気になることもありますしね。」
「気になること…?」
「まあ、帰ったら教えてあげますよ。じゃ、行ってきます。」
ユイはシタンを見送ってから部屋に戻った。
「あれ? やだ、あの人眼鏡を忘れているわ。」
シタンは細かいものを見ない限り、日常生活では眼鏡を必要としない程度の視力がある。だから、眼鏡が無くてもさほど問題はないのだが。
「でもこの眼鏡、何かおかしいわね。」
ユイは首をかしげた。
「あれ、先生どうかしたの?」
(先生、眼鏡をかけてない……)
「こんにちは、フェイ。エリィの具合はいかがですか。」
「ユイさんからもらった薬草が効いて、とっくの昔に良くなったよ。……ところで先生、ユイさんに風邪を治してもらってるって本当なの?」
シタンは大きなため息をついた。
「その話、ユイから聞きましたね。本当ですよ。私の薬を家族に使ったら、薬代がもったいないですからね。まったく……。」
(先生、それってかなりセコくないか? そんなんだから、ミドリも懐かないんだって。)
フェイは喉元まで出掛かったこの言葉を飲み込んだ。仮にも相手は医者、まじで怒らせたらヤバイ、仕返しにどんな薬を盛られることやら。
「でもねフェイ。医者以外の薬を気安く飲ませるものではありません! 何かあったらどうするのですか。素人はこれだから困りものです。
もちろんユイを含めてね。そういう訳でエリィの診察をしたいのですが、いいですね。」
フェイはシタンの剣幕に圧倒されてしまった。
「う、うん。でも、エリィに聞いてみないと。エリィ、ちょっとこっちに来てくれないか。」
エリィが呼ばれて出てきた。
「あ、先生。いらっしゃい。」
「エリィ、今の話を聞いていましたよね。隣の部屋で、上着を脱いでくれますか?」
「ええっ! 先生の前で裸になるんですか?」エリィは目を白黒させている。
「貴方は一体何を焦ってるんですか。私は医者です。それ以上でも、それ以下でもありません。
それに診察するだけなので、胸元を診せてくれるだけで結構です。誰も裸になれとは言っていませんよ。
……それとも、何かそれ以外に、私に期待でもしましたか。お望みとあらば、いつでも面倒を見て差し上げますよ。」
焦るエリィをたしなめながら、さりげなく危険な香りのする冗談を言うシタンであった。
「うーん。どうやら風邪の方は治っているみたいですねぇ。」
「当たり前です! 何日前の話をしてるんですか。」エリィが抗議する。
しかし、シタンは聞いていなかった。
「一応、血液も取ってみましょう。エリィ、腕を出して横になって下さい。」
シタンは、鞄から注射器を取り出したが、それは採血用ものではなかった。彼は注射器に薬品を充填し、エリィの腕に打とうとした……。
「先生。ミドリちゃんは元気ですか?」
シタンが、打つ寸前で止まった。
「え? ええ、元気ですよ。相変わらず口は利いてもらえませんがね。」
(私は、今、何を……? こ、これは麻酔薬。)
(これだけの量を一度に打ったら、エリィの呼吸が停止してしまうかもしれない。)
(危なかった……。)
シタンは手に取っていた注射器を鞄に戻し、別の注射器を取り出して採血を行った。
「次はこれです。エリィ、これに取ってきて下さい。」
そう言って、エリィに小さな紙コップを渡した。
「これは…………先生! 何考えてるんですかっ!!」
エリィが紙コップの意味を察して怒り出した。
「何って、妊娠の検査です。」シタンは平然としている。
「私、まだ18です!!!」
エリィは怒りで、プルプルと震えている。
「身に覚えがない、とは言わせませんよ。フェイと一緒に暮らしているんですからね。妊娠中に、訳の分からない薬を服用してはいけません。
妊婦用の薬にしないと、胎児にどんな影響があるか分かりませんからね。」
すでに、妊娠していると思い込んでいるシタンである。
エリィは呆れて物が言えなくなった……。
彼女はなんとか気力を振り絞ったが、言葉を選ぶ余裕は全然ない。
「先生。御期待に添えなくて申し訳ありませんが、子供が欲しくても出来ません。今は、生理中です!!」
「え? それはすみませんでした。フェイと同じで体調を崩したことのない貴方が、熱を出したと聞いたので早合点しました。あはは。」
シタンは頭を掻いた。
「あはは、じゃありません!」エリィはまだ怒っている。
「勘違いの事、フェイには黙っていて下さいね。それでは、帰ります。」
シタンはそそくさと荷物を片づけ、部屋を後にした。
「先生、もういいのか?」フェイが声を掛けた。
「エリィの風邪は完全に治っていました。」
「せっかく来たんだから、少しゆっくりしていってよ。」
「いえ、次の診察があるので、また今度にしますよ。」
シタンが出ていった後、まだ怒りの醒めないエリィは、フェイに全てをぶちまけた。
「信じられない、先生ったら私に赤ちゃんが出来たと思い込んでいたのよ!!」
「ひゃっはっは。笑いが止まらないよ、止めてくれぇ。」フェイは涙を流して笑い転げていた。
「おっちょこちょいなとこがあったと思っていたけど、ここまでとは、ひゃっはっは………。」
その頃、自宅でもシタンが、ユイに思いっきり笑われていたという……。