TOPへ戻る 目次へ戻る 17才(1)へ

17才(2)





ガチャガチャ!
ガッチン!
ギィ……
牢屋の鍵が開き、ガルが入ってきた。


ガルは、うつ伏せに倒れたままのバルトに近づき、脚で蹴った。ごろん、と 転がるバルト。乱れた黄金色の髪。血に染まった顔。屈み込みバルトの顔を 見たガルはくくっと笑っていた。
「まだ気付いちゃいねぇか。まあ、あれだけ叩きのめされりゃ当然か。」
ガルの荒い息がバルトの顔にかかる。それでも、バルトは身動き一つしない。
「だがよぉ、フクロになってる時のお前、ゾクゾクするほど 色っぽかったぜぇ。」

ぺろり。
バルトの顔の血を舐め取った。

「く、たまんねぇや。」
乱暴にバルトの上着を引き裂いた。むき出しになる肌。相変わらずバルトは ピクリともしない。
「へ、完全にノビちまってらぁ。これじゃ、縛る必要なんかねぇよな。 お楽しみには縄は邪魔だ。」
ガルはバルトの縄を切り始めた。
「意識が戻ってりゃ、俺が何度でも天国にイカしてやるのによ。」

?!

ガルに後ろ手の縄を切られたバルトは、目をカッと見開くと、あっという間に ガルの背後に回り込み、両腕で首を羽交い締めにした。
「……天国に行くのは、てめぇの方だぜ!」

バキッ!

どさっ

バルトは、ガルの首の後ろを力いっぱいぶっ叩いた。
「俺の代わりに、しばらく眠ってろ。」


パンパンと身体のホコリを叩こうとするバルトだが、
「ちっ。てめぇのせいで俺の服がボロボロだ。黙ってじっとしてりゃあ、 好き勝手なことしやがって。何てことすんだよ。」
いまさら脱ぐ必要も無い程引き裂かれた服を脱ぎ、ガルの服を羽織った。
「しゃーねぇな。ちょっとこの服、借りてくぜ。」



牢屋を出て、通路を少し歩いたところでケホッ、ケホッと、バルトは軽く 咳き込んだ。咳には血が混じっていた。ゴシゴシと、手の甲で口の血を拭う。

「ちくしょう。よってたかって俺をボッコボコにしやがって。一泡 吹かせなきゃ気がすまねぇ。たしか、あっちは……。」
バルトは通路のかどを曲がった。





「吐き気がする程ソックリに出来ちまってるぜ。このディルムッドはよ。」

―――ギアドッグ―――

バルトは1台のギアの中にいた。
「操作性から、ちょっとした機体のクセまで俺達のギアとソックリときてる。 まったくいやになるぜ。」

ディルムッド、それはバルトが生まれて始めて操作した機体である。彼が 己が心の傷を克服し、父のため、母のため、そして彼の存命を知り得るはずも 無い国民のために、シャーカーンを倒すことを決意した時、この操作法を 学んだ。14の時に、ブリガンディアが発掘され愛機として改修されるまで、 彼はこのギアに乗り続けた。

カッパン!
バルトは身を屈め、操作盤下のボックスの蓋を開けた。

「ははっ。中の配線まで同じだ。全く、ふざけんなよ。えーっと、 どれだっけ?」
操作盤下で無数に這い回っている配線。指で配線を追ってみる。
「これはモニターだろ。これは頭部センサー。これは無線だし……。 うう……わかんねぇ。」
バルトは頭を抱えた。



コツコツコツ……

「まったく、誰がいるわけでもねぇのによ。こんな夜中に見回りなんか やっていられるか。」ドッグ内を見回る足音が響く。

「ん? コックピットが開いているぞ。」
見回りはコックピットの中を遠目で確認する。バルトはコックピット下に 身体を滑り込ませ、息を潜めた。

「……人影はなし、と。誰かが閉め忘れたんだな。さっさと戻って酒でも ひっかけるか。」

コツコツコツ……



ふうっ
バルトは大きく息を吐いた。

ガツン!
「……つぅ……いてぇ。」再び頭を抱えたバルト。
ほっとして頭を上げた拍子に、操作盤のかどに頭をぶつけたのだ。
「眼から星が飛んだぜ。……今のがイチバン効いたかもな。」
右手でぶつけた場所をなでさする。どうやら、コブは出来ていないようだ。

「こっちは俺には無理だな。」
そう呟くと、バルトは蓋を閉め、コックピットから出た。そして、ギアの 脚の付け根を足場にして、ゆっくりとギアの後ろにまわった。


「俺達のギアと同じだとすると、多分ここに……あ、あった。」
バルトは記憶を総動員して、心当たりの場所を右手で探った。そこは、巧妙に 継ぎ目を隠してあり、手で触ってみないと分からないようになっている。 ちょうど、人間でいうと腰の部分にあたる場所。バルトは手探りで蓋を開けた。 ここにも無数の配線。ただ、コックピットのものよりも、太くなっている。

「……ここも分かんねぇ。もっと、ガチッと説明を聞いときゃよかったな。」

当たり前のことだが、ギアの操作法を学んだ折、ギアの弱点についても バルトは学んでいる。1つは人間のいる胸部ユニット。当然、装甲も 何重にもなっているため、そうそうやられるようなシロモノではないが。 1つはセンサー類の集まっている頭部ユニット。ここを吹き飛ばされると、 予備センサーはあるが、その精度は頭部ユニットのものよりも落ちるため、 操作のほとんどをカンで行わなければならなくなる。最後は動力源の ジェネレーター。破壊のされ方によっては、ギアが吹っ飛ぶこともある。 もちろん、胸部ユニットと同じくらい頑丈な装甲で守られている。人の力で 破壊できるようなシロモノではない。バルトの狙いは別なところにある。

「ここは多分ジェネレーターの裏側だから、適当にぶっち切れば、どれか 正解すんだろ。」
バルトは、ここに来る途中くすねてきた大きなペンチで、手が届く範囲の 配線を全て切断した。

「急がねぇとギアはたくさんあるからな……。」





「おいおい。『ブリガンディア』まであるじゃねぇか。」
もはや疲れた笑いしか浮かばないバルトであった。
一番奥に見慣れた赤いギアがある。頭部の羽飾りまで、バルトのギアと瓜二つ。
「こんなもん。さっさと駆動できねぇようにしないとな。」



「若造が逃げたぞーっ! 捜せっ!」
「チッ! ばれたか。案外早かったな。」
「おいっ! あそこだっ! 撃て!」
ブリガンディアの側にいたバルトは狙い撃ちに。バルトは、銃弾に 追われるように、そのままブリガンディアのコックピットに飛び乗った。
「たのむぜ。相棒。」
ウィーン
ブリガンディアが起動した。

「馬鹿め。あのギアに乗ったのが運の尽きだ。こっちもギアを出せ!」

ウィーン、ウィ、ウィィィィ……

ウィ、ウィィィィ……

ジェネレーターが悲鳴を上げ続ける。
「動かねぇ!」
「こっちもだ!」
バルトはコックピットで高笑い。
「あったりめーだ! てめぇらのギアは全部動かねぇよ。今回は 見逃してやるから、さっさと逃げな。でないと、踏み潰しちまうぜ。」

ギギ……
ブリガンディアはゆっくりと立ち上がった。鈍い音を立てながら。
「なんだぁ? こいつ、見かけ倒しじゃねぇか。ホバリングはしねぇし。」
バルトは、ブリガンディアの腕を動かしてみる。軋み音を立てて、腕は空しく 動くだけ。
「……鞭も出ねぇのか。まあ、コケ脅しぐらいには使えるか。」

ズシン!

ズシン!

クモの子を散らすように男達が逃げていく。

「ほらほら、みんな逃げろよ! ガレキの下敷きになっちまうぜ。」
バルトはドックを壊しまくった。



……ブリガンディアか。貴様の死に場所にふさわしいな……

「んだと?」

壊れた壁の奥から、1台の見慣れないギアが出てきた。
「まじい。」
ガーン!
バキッ!
黒い機体は、ブリガンディアの腕を掴むと、一気に引き千切った。
弾みでよろけるブリガンディア。バルトはコントロールスティックを巧みに 操り、とっさにバランスを取る。
「……ととと。何すんだよ。」
「倒れるかと思ったが、それでも持ちこたえたか。さすがだな。」

もう一方の腕も引き千切ろうとする黒い機体。なんとか捕まれるのを 避けようとするアンドヴァリ。
「よ、避けきれねぇ。スピードが違い過ぎる。この機体、腐ってんのか?」
それでも、反撃しようとするが……。

バキバキッ!

「当たり前だ。さすがに、アンドヴァリの図面は入手できなくてな。 似せてあるのは外見だけだ。それに、その機体は開発中でまともに 動きはしない。」
引き千切ったもう一方の腕をぶら下げ、威容を誇る黒い機体。その機体の前に 跪く両腕をもがれたアンドヴァリ。

ウィーン、カシャ!
バルトが両手を挙げて、コックピットから出る。

「もう少しあがくと思ったが、諦めがいいな。」
「……。」バルトは黙ったまま。
くっくっくとカリュブディスは笑った。
「……降参すれば、命だけは助けてもらえると思ったんだろう。だが……。」

ウィーン
黒い機体は高々と右腕を上げた。
「それも、もう手後れだ。シャーカーン様には、貴様はガレキの下敷きに なったとでも報告しておく。“もう一人のファティマ一族の生き残り”を 捜し出し、尋問はそいつに行うつもりだ。つまり、貴様は用なしだ。」

グワァシャッ!
アンドヴァリは無残にも破壊された。
「くく……。」カリュブディスは笑う。


ガッ!
カシャ!
「なにっ?」

いきなりコックピットが開いた。開いた入り口には、肩で 息をしているバルトが立つ。

「……ギアにはなぁ、外から手動で開けるための引き手が、必ず付いてんだぜ。 この足元あたりになぁ。」
バルトは右足で軽く足元を蹴った。

「さすがだな。軽業師よろしくこのギアに飛び移り、コックピットまで 開けるとは。伊達に海賊家業はやっていない、か。だが、それで勝った つもりか?」
カリュブディスの手には、銃。

バルトは動じない。顎を突き出し、カリュブディスと同じように鼻で笑った。

「撃ってみろよ。外したら、どこに弾が撥ね返るか分かんねぇぜ。 コックピットの隔壁はやたらと頑丈だからよ。」
「くっ!」
ガガーン!

バルトは身を伏せ、獣のようにカリュブディスに飛び掛かった。黄金の髪が 銃弾に弾かれる。コックピットの中で血みどろの戦いを繰り広げる2人。
そして……。

「てめぇだけは、どうしても許せねぇ……落ちろっ!」
“うわーぁぁぁっ”
ドスン!

「はぁ、はぁ、はぁ。」
バルトは額の血と汗を拭った。





ガミガミガミ……。

長い長いメイソンの説教。
一応神妙な顔をして聞いているバルト。

「あのさぁ。もう夜なんだけど……。」
「まだまだ、お説教は済んでおりませんぞ、若。言いたいことは、たくさん 残っております。あの時、あれほど言っておいたのに勝手に抜け出して、 一人で偽者退治などと……。」
メイソンはまた、くどくどと続ける。朝からずっとこの調子である。

「シグが俺を助け出してくれたのも17ン時だぜ。」とりあえず、ちょっと だけ口答えしてみる。
「若とシグルド殿は違います。」とピシャリ。

「俺はケガ人なんだけど。もう寝る。お休み。」
「若!!」
「明日、また聞くよ。じゃあな。」
バルトは元気よく部屋を飛び出した。



「若。」
スタスタと横を通り過ぎたバルトを、シグルドが後ろから呼び止めた。

「なんだよ。シグも何か言いたいことがあるのか?」メイソンに叱られた ばかりなので、バルトは喧嘩腰。
「いいえ。私の分もメイソン様が叱ったでしょうから。」
「じゃ、なんだよ。ホメてでもくれるのかよ?」
シグルドは真顔のまま、いいえ、と首をゆっくり横に振った。

「アジトに新しく加わった小さな住人2名から言伝(ことづて)を預かって おります。『助けてくれてありがとう。』と。」
うんうん、とバルトがうなずく。
「それとメカニックからもです。 『配線を切断してギアを起動不能にするのは構わないが、配線を全部 ぶっち切ったのはカンベンして欲しかった。』と。ギアは使い物に ならないそうです。」

ニコニコとシグルドの報告を聞いていたバルトは、肩をすくめる。
「いかれた部分のパーツを、全部交換すればいいんじゃねぇのか。」
シグルドが小脇に抱えていたファイルを取り出し、パラパラと報告書を めくった。

「メカニックの報告によると、配線が切られたまま強引に 起動させようとしたため、ジェネレーターが空回りを続け、その結果 ジェネレーター自体が焼き付いてしまったギアが相当数あるそうです。 つまり、今回手に入れたギアの、そのほとんどがスクラップです。」

「……ンなもん、俺が知るかよ。」



砂漠の月が、笑っていた。