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17才(1)





ガヤガヤ……
ワイワイ……

……砂漠の海賊がアヴェのシャーカーンと手を組んだそうだ……
……おいおい、それはただの噂だろ……
……噂じゃないぞ。キスレブの被害は甚大そうだ。 それに引き換えアヴェは……
……やつらに襲われた町は、住民は虐殺、物資は全て略奪され、廃虚と 化すらしい……
……ここも危ねぇかもな……

場末の酒場。
一癖も二癖もありそうな男達が集まる場所。

そんな中で、一人ぽつんと離れて酒を飲む若者が一人。薄汚れたマントを 頭からすっぽりかぶり、その素性は知れない。しかし、彼の仕種には その粗末な身なりに似合わない雰囲気が漂っている。

「おい、そこのにぃちゃん。シケた面して呑んでんじゃねぇか。」

どん!
酒瓶を抱えた男が千鳥足で寄ってきて、マントの若者の目の前にその酒瓶を 置いた。
「そんな安酒なんぞうっちゃって、これ呑みな。俺のおごりだぜ。」

「……間にあっている。」
若者は呑んでいたコップの中身を一気に飲み干すと、関わり合いに なりたくないらしく、半分腰を浮かせかけた。
「そんな冷てぇこと言わずに、呑め。めったにお目にかかれない 上等な酒だぜぇ。」
酔っ払いは若者をマントごと引っ張り、半ば強引に椅子に座らせた。はずみで 外れたマント。こぼれおちる栗色の髪。

「……汚ねぇ手で触るな……。」
若者は顎をしゃくり、その隻眼で酔っ払いを睨み付けた。

酔っ払いはその迫力に縮み上がり、おずおずと空のコップに酒瓶の酒を 注ぐ。
「す、すまねぇな。これはお詫びだ。呑んでくれ。」

ぐっ!

若者はコップの中身を一気に飲み干した。喉が上下にごくりと動く。
「へへへ……いい飲みっぷりだな。もう一杯呑みな。」
何も言わず差し出されたコップに、酔っ払いは再び酒を注いだ。

「へへへ……旨い酒だろ? あんた、この辺じゃ見ない顔だな。どこの 生まれだ?」
「アヴェ。」若者は呑みながら答える。
「ここはキスレブ領土だぜぇ。ここまで流れて来たのか?」
「ああ。」
言葉少なに答え、若者は酒を呑む。酔っ払いが酒を注ぐ。

「お前、歳はいくつだ?」
「17。」
「へ。若いな。そんな歳で国を飛び出しちゃ、家族が泣いてんじゃねぇのか?」
「俺がガキん時に死んだ。肉親なんかいねぇよ。」こともなげに答える若者。
「ふうん。そいつは意外だな。ところで、その左目はどうした? まさか 伊達じゃねぇよな?」
「んなんじゃねぇよ。この目は1年ほど前に閉じちまった。もう2度と 開かねぇんだよ。」
「何をやらかしたんだ? 片目が潰れちまった位じゃ、どうせ、まともな ことじゃねぇだろ。」

「……るせえな。関係ねぇだろ。」
若者は酒を飲み干し、再び腰を浮かせる。
すかさず、酔っ払いは若者の手を引っ張り、抜け目のない目つきで辺りを 見回し、周りに聞えぬよう小声で若者の耳に囁きかけた。

「……いい仕事の話があるんだが、一つ乗らねぇか? カネは たっぷりはずむぜ。」
「……どんな仕事だ?」若者も小声で聞き返す。
「……ここじゃ話せねぇ。来な。」
酔っ払いは店の裏口から若者を連れ出した。



「仕事って何だ?」

パチン!

酔っ払いが指を鳴らしたとたん、物陰から屈強そうな男が2人飛び出し、 前と背後から若者に飛び掛かってきた。
「くそ、物取りだったのかよ!」

どかっ!

若者はわずかに身を屈めると、背後の男の鳩尾に肘を入れ、 勢いそのままに身体ごと壁に打ち付けた。
「……ぐふっ……。」

「こんのヤロウ!」
前から飛び掛かってきた男の右手を掴み、力いっぱい背負い投げ。
どすん!
壁と床に叩き付けられた2人は、そのまま動かなかった。

「これで終(しま)いかぁ!」
振り向きざまに、酔っ払いだった男を睨む。

「ふうん。思ったよりも腕が立つな。気に入った。一緒に来い。」
「もう騙しはナシだぜ。」
「当然だ。お前、名は?」
「バ……、バードだ。」
「バード? それが名か? まあいいだろう。俺はガルとでも名乗っておく。」





2人が来たのは、砂漠の一角。みすぼらしい掘っ建て小屋が一つ、 建っているだけ。

「こんなところに、何があるんだよ。」
「文句を言わず、来い。」
2人は近くの掘っ建て小屋に入っていった。



「すっげぇ。『ディルムッド』だ。」
掘っ建て小屋の地下奥深くにドッグがあり、赤と白のギアが所狭しと 並んでいる。

「お前、ギアには詳しいのか?」
ガルがいぶかしいげな眼差しをバードに注ぐ。
「いいや。噂で聞いただけだ。」バードが首を振った。
「そうだろうな。見ていたら、今頃、生きてここにいるはずはないからな。 これが海賊のギア『ディルムッド』だ。」

「じゃあここは……。」
「そう。ここが海賊のアジトさ。知ったからには、秘密は守ってもらうぞ。 漏らした時には……。」ガルの目が不気味に光る。
「ああ、分かっている。仕事ってのは、このことか?」
「そうだ。俺達はキスレブを襲うことを生業としている。お前、アヴェの出で 孤児(みなしご)だって言っていたな。お前の両親は殺されたのか?」

「……知らねぇな。」
ガルの問いに、一瞬口篭もったバード。

「図星の様だな。おおかたキスレブの兵士の仕業だろ。俺達に協力すれば、 お前も敵討ちができるぜ。」
「興味ねぇよ。」
「やるよな。」ガルがきく。
「俺の興味はカネだけだ。それ次第だぜ。」

「バード。お前、俺に大口叩く前にギアは扱えるのか? 扱えなきゃ、大金は 払えないぜ。」
「まあ、見てろって。」
バードは一番近くにあるギアにひょいひょいと飛び乗った。入り口が閉まると、 ウィーンと小気味良い音を立て、ギアは起動した。

「扱い方は心得ているようだな。よし、お前をギア部隊長に紹介する。」





「ひでぇ……。」
キスレブの外れにある小さな小さな街は、ギアによって破壊し尽くされていた。 まともな建造物は一つも無い。もはや、そこに生き物の姿はなかった。 あるのは屍のみ。街は、亡者の街と化していた。

バードは怒りで気が狂いそうになるのを、ギアの中でじっと堪えていた。 つめが手の平に食い込む。
ふっと、モニターの中に小さな影が映った。影は2つ。バードは、他に 見とがめられないようにそっと影に近づいた。

影の正体は、子供。

それも、6歳くらいの少年と4歳くらいの少女だった。彼らは崩れた家の陰で ブルブルと震えていた。バードが正面に回り込むと、少年はバードのギアを きっと睨み、少女を背後に庇った。
――まるであの時の俺みたいだな――
モニター越しで見るバードの目は優しかった。

“居合わせた者は全て殺せ”
「そんなもん、俺の知ったことじゃねぇよ。」
それがバードに下されている命令。

バードのギアは屈み込み、2人の前に右手を差し出した。2人は震えたまま。
たまらず、バードはコックピットを開けて、叫んだ。
「おい、乗りな。そんなとこで震えてねぇで、早く! 早くしろっ!」

バードはギアの手の中にそっと2人を隠し、その場を離れるため立ち上がった。



「降りたら林の中でじっとしていろ。いずれ助けが来る。必ずな。」
バードは林の近くで片膝を付き、掌から2人をそっと降ろした。

「おい、貴様。そこで何している!!」
「一仕事済んだから、ここで息抜きさ。何か文句あるのか?」
ギアが近づいてきた。
「手の中にガキを乗せてか?」
ガーン!
2人を追って林の中に入ろうとするギアを、バードは体当たりで倒した。
「おおっと。……よろけちまったぜ。」

「貴様、ふざけやがって。」
「どうした?」ギアが数体集まって来る。
「こいつがガキを逃がしやがった。」
「なら、ここのルールを叩き込んでおかなきゃいけねぇな…… よぉく分かるように、その身体によ。なぁバード。」





狭い部屋に、鈍い音と呻き声がこだまする。

「へっへっへ。少しは身に染みたか。」
バシャッ!
男達は気を失ったバードに水をぶっ掛けた。

「おい。こいつは……。」
バードの髪から染料が徐々に流れ出す。

――黄金色の髪――





「これはこれは王子。いや、元王子か。久しぶりだな。」
背後で両手を一つに縛られ、床に両膝を付かされていた バード――バルトの目の前で、男が笑った。

バルトにも、その顔には見覚えがあった。平和だったアヴェ城を土足で 踏み荒し、優しかった父、そして母を、目の前から永遠に連れ去った男。
「てめぇは……シャーカーンの!」
……そして、日のあたる世界しか知らなかった彼に、世界の裏側――裏切り、 欲望、偽り、絶望――を、背中の傷と共に深く刻み付けた男、 ――カリュブディス。

「そうだ。さすがに覚えていたようだな。」
「くっそう。やっぱりつるんでいやがったのか。」
ギリギリと歯を噛み締めるバルト。
「てめぇらのおかげで、世間では俺達がシャーカーンと手を組んだことに なっているじゃねぇか。」
カリュブディスは鼻で笑っていた。

「当然だ。その噂も我々が故意に流したのだからな。」
「んだと!」バルトはいきり立った。
「疾風の如く現われ、決して死者を出すことなく、鮮やかに略奪行為を行う 砂漠の海賊は、義賊との評判も高く、アヴェとキスレブ両国の、特に 下層市民の尊敬を集めていたからな。噂はあっという間に広まった。我々が 略奪行為を繰り返すたびに、貴様らの評判は地に落ちていった。今や 両国の者で、貴様らに協力しようという人間もいないだろう? ん?」

ぺっ!
バルトは返事をせず、カリュブディスに対し唾を吐きかけた。
「我々が出没するようになってから、貴様らはナリを潜めていたようだが。 我々の出方を窺っていたのか?」
「……。」バルトは答えない。


……我々の名を語るニセ者が出現したようです。被害はキスレブに集中。 襲撃は、軍事施設、居住地などの区別なく行われ、住民は全て虐殺……

……許せねぇ、俺が引っ捕まえてやる……

……若、これはワナかもしれません。おそらく我々を燻り出そうとする連中の 仕業ではないかと……

……俺達の名を使ってそんなマネされて、これが黙っていられるかよ……

……なりません、若。彼らの正体が分かるまで、くやしいでしょうがここは 堪えて下され……


カリュブディスは続けた。
「もちろん、我々の目的は略奪などではない。キスレブの軍事施設を叩き潰し、 キスレブの軍事力を奪うこと……。」
「だったら、街まで襲って皆殺しにする必要はねえじゃねぇかっ。」 バルトは吼えた。

「……その際、貴様に化けることで、貴様らに対するキスレブの警戒を 強化させ、アヴェへの警戒の割合を下げること。貴様らが我々の前に 現れた時には、アヴェ軍を動員し、我々が貴様らを引き付けている間に、 背後から貴様らを一網打尽にする予定だったがな。また、貴様らはアヴェ、 キスレブの両国を均等に襲っていたようだが、我々の出現により そのバランスは崩され、貴様らはアヴェを襲わざるを得なくなる。貴様らが アヴェでも我々の前にでも姿を現せば、全員を捕まえる自信はあったのだ。 まさか、貴様がたった1人で乗り込んでくるとは、考えもしなかったがな。」

カリュブディスはバルトの顎を持ち上げ、くくっと笑った。

「だが、1人で何が出来る。」

「てめぇの寝首を掻くには、俺1人で十分おつりが来るぜ。」
「おい。お前らの好きにしていいぞ。この生意気な若造に思い知らせてやれ。 今の自分の状況をな。」

バルトとカリュブディスのやり取りをずっと見ていた荒くれ男達は、指を 鳴らし、下衆(げす)な笑いを浮かべていた。

「せいぜい可愛がってやるぜ。」
ドスッ!
「げほっ!」

腹に蹴りをまともに食らい、バルトは床に崩れる。

「おいおい。くれぐれも殺すなよ。こいつには、シャーカーン様が直々に 尋問を行う予定があるからな。」
「尋問ねぇ。くっくっく、拷問の間違いじゃねぇのか?」
「要は、『口がきける程度』に生かしておけばいいんだろ。ほら、立てよ。」
「……。」
「へっへっへ。お楽しみはこれからだぜ。」