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ゼプツェン(6)



“いま行くわ、待っていて。”

マリアは階段を駆け降り、走り続けた。シェバトの長い廊下を、格 納庫に向って――。



「ゼプツェン!!」

ゼプツェンは、マリアが来るのをずっと待ち続けていた。
「ごめんなさい、遅くなってしまって……。行きましょう! ソラ リスの………」
マリアはここで一瞬口篭もった。

「ソラリスの……」

が、マリアの瞳に光が宿り、力強い口調でキッパリと言い切った。
「敵が、待ってる!!」

「ゼプツェン、発進!!」





アハツェンは上空で待っていた。この瞬間(とき)を――


「ゼプツェン!!」

――マリアを――

「マリアか。」
「……。たしかにわたしはマリア・バルタザール。」
マリアはキリリとした態度を保ちながらも、その声には、未だ信じ られないという戸惑いが入り混じっていた。

「だけど、あなたは……、あなたは……?」
そう問う言葉の中にも迷いが見える。

「無論私だ、ニコラだよ! 見なさい、マリア、私の研究の成果を ! 巨大で、力強く、永遠のかがやきをはなつこの体を! もう老 いも、死もない。私は、新たな種として生まれかわったのだ。」
胸を張るアハツェンは、赤黒く、そして不気味に輝いていた。生命 独特の美しい輝きは、そこにはない。どこまでも青い空に、しごく 場違いな存在。
「………。」
マリアは、そんなアハツェンから目を逸らすと、誰に聞かせるわけ でもなく呟いた。

「わたしは人として生きていた頃の父さんが好きだった……。」
呟きは、まるで悲鳴とも聞える。
「やさしそうに微笑んで……、いつも……、いつまでも……そばに いて欲しかった!!」

アハツェンから流れる人工的で抑揚のない奇妙に平坦な声が、その 内容以上にマリアのか細い神経をさらに逆なでする。
「マリア、おまえは私の娘だ。人のバカさ加減は知っているだろう 。愚かな人間どもと一緒にほろびることはない。さあ、来なさい、 マリア。私とともに、新たな生命の1ページを開くのだ。かがやか しい未来をきずこう。約束するよ、今度こそ本当に、いつまでもお まえのそばいにて、おまえを守ってあげよう。」

「………。父さん……。」


ブオン!!

唐突に、ゼプツェンは右腕を振り払った。
「………!! ゼプツェン……!?」

――まるでマリアの迷いを断ち切るかのように――。

「ゼプツェン……、きさま、創造主たる私にはむかうというのか? 」

ゴゴゴゴ……
うなるかのように全身を震わせるゼプツェン。
「こ、これは……!! ゼプツェン!?」
“あなたは何を考えているの?”
マリアは心の中で問い掛けた。

「面白い……。相手になってやろう。ニコラの偉大さ、アハツェン の力を見せてやる。来い、ゼプツェン!!」
もう、迷っている場合ではない。

「……アハツェン! あなたを倒します!! ゼプツェン、行きま す!!」



アハツェンのビームと体当たりが容赦なく、ゼプツェンを襲った。 ゼプツェンも、アハツェンに対し出来得る限りの猛攻撃を繰り返す 。
勝敗の行方は依然見えず、戦闘は消耗戦の様相を呈してきたように 見えたが……。



「マリア……聞こえるか? 今から遠隔操作でそちらのグラビトン 砲の封印を外す! それで私を倒すんだ。」
「!!」
突然アハツェンから流れた、聞き覚えのある力強く暖かい響き。

「お父さん! 正気に戻ったの!?」
マリアの顔色が変わった。

「だめ、できません!! グラビトン砲は、その破壊力ゆえにお父 さん自身が――」

そう、“あの時”、グラビトン砲さえ使えていたら、父と娘は今こ こでこんなことにならなかったのだ。グラビトン砲で、エテメンア ンキの隔壁さえ破壊できていれば……。
別行動を取ることもなく、離れ離れになることも……。
エテメンアンキの隔壁さえ破壊できていれば……。

「――封印されたのではないですか。」

グラビトン砲は、隔壁のみならず全てを打ち砕いてしまうため、隔 壁を失ったエテメンアンキさえ危機に陥れてしまう。たとえ忌まわ しきソラリスといえども、罪無き者まで死の危険にさらしたくない と、ニコラがあらかじめ封印していたのだった。

「そんなの使ったらお父さんは……」
「構わん! 撃て! ニコラはもういない。」
マリアの声を遮るように、一方的にアハツェンから彼女の父親の声 が流れ続ける。

「ソラリスの洗脳を受ける前にアハツェンにはゼプツェンに共鳴し て作動する良心回路を組み込んでおいた。このメッセージは、そこ からのものだ。それに、戦闘中にそちらのゼプツェンに私のデータ は全て転送した。体は失っても、心はゼプツェン、いやマリア、お 前と共にある。これからもずっとな……。」
アハツェンの中に、父親が組み込まれていることがハッキリと分か った以上、娘にはどうすることもできない。

「……だめ、私にはできません!!」
娘は下を向き、肩を震わせるしかなかった。


……できないのなら、私が今……解放するわね……呪われたしがら みから……あなたを……


マリアは、ふと、ゼプツェンの異様な動きに気が付いた。
「はっ! ゼプツェン! やめて」
悲鳴を上げ、ゼプツェンの動きを懸命に止めようとするが……

「……制御できない! お父さんが動かしているの!?」
マリアを裏切ったことのないゼプツェンだが、今は違った。マリア の懇願には一切、応じようとしない。マリアはゼプツェンの上で、 ぼうぜんとするしか他なかった。

「お願い、撃たせないで!!」
ゼプツェンは自身のエネルギーを、一点に集中し続ける。

“ゼプツェン、やめて! お願い!”
両手を目の前に組み、懸命に祈るマリア。強く握られた彼女の手の 指は、真っ白く変色していた。

やがて、ゼプツェンは一歩前に出て、胸の装甲を開いた。そこから 輝く光の束が――アハツェンに降り注ぐ。

原子にまで砕かれ、大空に消えゆくアハツェン。

「……お父さーーーん!!」



「マリア……私はお前と共にある。これからもずっとな……。」
ニコラの声は、マリアの耳に、いつまでも――いつまでも――こだ まし続けていた。



「………。父さん……。」
いつしか、マリアの両頬は涙で濡れていた。

ゼプツェンは何も語らない。





……マリア……

……“私達”は、いつでもあなたの側で、あなたを見守っています よ……

……“今まで”も、そしてこれからも……



青い虚空で、風がただ、泣いていた。