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シェバト(1)




 

バサッ!
……1人。

ぎゃあ!
……2人。

キン! ぐあぁ!
……3人。

グサ!
……4人。

……5人。

……6…

………

「はぁはぁ。」ヒュウガは肩で息をしていた。それでも、まだ十数人に取り囲まれている のだ。
くそ、数が多すぎる。刀1本でこの人数は斬りきれない。
刀には血糊と人の油がベットリとこびり付き、刃こぼれも起していた。

ズガーン!
「ぐ……裏切り者!」
ヒュウガは撃たれた傷を左手で押さえ、血を吐くように言った。

「裏切り者? ソラリスを裏切っているわけではないさ。貴方に成り代わってシェバトを 征服する。それだけのことだ。」
問われた相手は大声で笑った。
「ははは。ヒュウガ・リクドウはシェバトで戦死。誰も不思議に思わない。」
「くっ!」

ヒュウガは囲いを突き破り、一目散に走り出した。逃げなければ……。
「逃げたぞ。追え!」



紅い道標を記しながら、ヒュウガは走った。息の続く限り。

ここで死ぬ訳にはいかない。まだ遣り残した事がある……。

少しでも立ち止まると、足元に血溜まりが出来る。血の跡を辿られないためには、走り続 けるしかなかった。

「はあ、はあ、はあ。」
一軒の家が、ヒュウガの眼に入った。扉がほんの少し開いている。彼はそのまま中に滑り 込んだ。



ドンドンドン!
やつらが来たのか? 暗がりでヒュウガは身を固くする。あの裏切り者だけは生かしては おけない……。

扉を叩く音を聞きつけて、部屋から若い女性が出て来た。20歳前だろうか。姿勢の良い、 動きに無駄がない女性だ。
――眼があった。こちらに気付いた? 気配は消していたはずなのに。……え?

――女性はニコリと笑った――

全身に返り血を浴び、抜き身の刀を持つこの私に対して…だ。何故だ? 私が重傷である ことを気取(けど)られているのか? ……見つかってしまったからには仕方が無い。やるなら最 初の一撃で決めねば。
ヒュウガは覚悟を決め、物陰から出ようとした。

“待って”
彼女は、ヒュウガを再び暗がりへと押し込んだ。
“静かに”
そして、扉を開けた。

「ここに男が逃げて来なかったか?」
刀を握る手に力が入る。まだだ。慌てるな……。

「男……?」
彼女は首を傾げる。
「そうだ。全身に返り血を浴びている。見れば分かる。」
男達が彼女を押しのけて入ろうとする。

「その人、何をしたの?」
彼女は不思議そうに聞いた。
「仲間を何人も斬り殺したんだ。」
原因はお前達の方じゃないか。物陰でヒュウガは奥歯を噛み締めた。

「来なかったわよ。」
ふっと彼女が微笑んだ。

「万が一そんな物騒な人が来ても、中に入れる訳が無いじゃない。こっちが殺されてしま うわ。他をあたってちょうだい。」
「それもそうだな。」
男達はその言葉に納得して去って行った。



足音が遠ざかっていく。助かった……。
ヒュウガは安心したのか、一瞬目眩を起す。

「貴方、追われているのね。」
“ギクリ”
無意識に刀を構えるヒュウガ。

「何もしないわ。だから、そんなに怯えないで。」
彼女の声は優しい。まるで、手負いの獣に話し掛けるように。

怯えている? 私が?
ふと、か弱き女性に対して刃を向けているのに気が付き、ヒュウガは苦笑した。
「失礼しました。お陰で助かりました。」
彼は刀を鞘に戻し、彼女に一礼すると出口に向かって歩く。
「ええ、どういたしまして。…ヒュ……。」
ヒュウガは、この後の彼女の言葉を聞いていなかった。

早くここから出て部隊に戻り、あの…裏切り者を…始末……し………。

ドサ!

続きます。