もう、ここには何もない。
あれだけの栄華を誇っていたあの国が、消えた。
焼け焦げたこの森は、あの国の墓標。
今更ここに来て何が残っているというのか。
それでも面影を捜そうとしてしまう。無駄な事だと分かっていても―――。
男が1人、たたずんでいた。沈痛な面持ちで。
「やっと来たか……。」
それはシタンの友人であり、ライバルとして鎬(しのぎ)を削り、相反する命令のために
敵として相対した者。
「カール……。私を呼んだのは貴方ですか。」
全て仕掛けられていた事とはいえ、この男達の胸に去来するものは何だろう――。
祖国を守りきれなかった男と、祖国の終焉(しゅうえん)に手を貸した男。
共に今、廃虚の前に降り立つ。
運命という言葉で片づけるには、あまりに皮肉な光景。
「そうだ。」
二人の沈黙を破ったのは、ラムサスだった。
「ヒュウガ。お前に一つ聞きたい事がある。」
「何でもどうぞ。」
「……お前はこの結果に満足か?」
いきなり核心を突く。考える間を与えぬためだ。
しかし、シタンは顔色一つ変えない。相変わらずのポーカーフェイスめとラムサスは思った。
「そうですねぇ。」
シタンは中指で眼鏡を押し上げた。
「どちらの答えなら、貴方は満足しますか?」
まるでからかうような返答。
「ふざけるな! お前は……俺と同じ守護天使だったにも関わらず、祖国を守るどころか逆に滅ぼした。違うか!」
シタンは静かに首を横に振った。
「厳密に言えば違います。ソラリスを倒したのは、ソラリスの支配から人々を解き放とうと立ち上がった大勢の名もなき人々です。
確かにゲートを破壊したのは我々ですが。それに、首都エテメンアンキを破壊したのは……。」
ここまで言うと、急にシタンが口篭もった。
語るに落ちた。ラムサスはふふんと笑う。
「破壊したのは……誰だったのだ? たった一機であの都市を破壊しつくし、地上に叩き落としたのは。」
「……『イド』です。」シタンが諦めたように言った。
「違うだろう? 『フェイ』だ。お前が3年間、大切に育ててきた少年だ。」
「何が言いたいんですか。」
「とぼけるな!『エルルの悪魔』とフェイが同一人物だったことを、お前は知っていたはずだ。」
「ええ、そうです。」
「お前はずっと奴のそばにいた。そして、いつでも奴を葬り去れる立場にいた。違うか?」
シタンの心を推し量るように、ラムサスは続ける。
「――なのに、お前はそれをしなかった。いや、出来なかったのだ。何故だか分かるか?」
「天帝のご命令でしたから。」
「違う! お前は奴に“自分”を重ねてしまっていたんだ。心のどこかで期待していたのだ。奴は過ちを犯さぬと。」
シタンは瞳を閉じ、ゆっくりと頭(かぶり)をふった。
「いえ、私はただ観察していただけです。」
「アーネンエルベか?」
「そうです。」シタンが即答した。
「何度も奴が覚醒していたという報告はお前も聞いていたはずだ。お前がいない時に限ってな。
いや……最初は、お前の“目の前”だったな。」
「……。」
「どんな気分だった? 悪魔の前では、その身と家族を守るのが精一杯だったであろう。あの村の連中はどうなったのだ?」
ふふん、とラムサスが笑った。
「アヴェの件では、お前は俺に何を頼んだ? そしてあの時、お前は何を見たのだ?」
「……。」シタンは押し黙っている。
「キスレブでの覚醒では、確か、お前は“身代わり”を送り込ませていたな。
お前がその手で身代わりを“犯人”として倒したんだ。全てを承知の上でな。そうだろう?」
シタンは顔色すら変えない。そのままラムサスは続ける。
「奴が行方不明になった時は、お前は必死になって捜したはずだ。お前という“安全装置”が外れるのを恐れてだ。そうだな。」
「……ええ。」
「そうだ、おまえは恐れていたのだ。奴が“アーネンエルベではない”ということを認めざるを得ない時が来るのをだ。」
ラムサスは横目で、シタンをにらみつけるように見た。こころなしか“アーネンエルベ”という言葉に反応したように見えた。
「――そして、お前は最後のカケに出た。その結果がコレだ。ソラリスの真実を奴に見せ、奴がどうするかを試した。
ソラリスで奴が覚醒した時、何が起こりうるかもお前には分かっていたはずだ。」
「……ええ、分かっていました。大儀の前では、何が起きようともどんな犠牲が伴おうとも、そして、
それが誰の痛みを伴っていたとしても、何の意味を成さない。それがどうかしましたか?」
顔色を変えたのもつかの間、シタンは元の無表情に戻り、無念に暮れるラムサスに追い討ちをかけるような残酷な問いかけをした。
「『それがどうかしましたか?』だと?」
目の前に広がる廃墟、何も感じてない男、そして……。
「ヒュウガ、剣を抜け!」
今更何の意味もない、とでも言うように、シタンはゆっくりと刀を抜いた。
「お前の剣(つるぎ)から答えを聞き出してやる。」
シュッ!
“真っ直ぐな”ラムサスの太刀筋を、シタンは受けるわけでもなく刃先で軽くかわす。
それが、さらにラムサスの神経を逆なでした。
「ヒュウガぁっ!」
どんなに激しく切りかかっても、シタンはまともに太刀すら受けようとしない。まるでラムサスの一人相撲のようである。
それは、追っても追っても捕えることの出来ない、実体無き“影”に戦いを挑んでいるような苛立たしさだった。
いつしか、ラムサスの太刀からシタンへの“問い”が消え、ラムサスの想いに答えようとしないシタンへの“怒り”に、
それが摩り替わっていく。
ガン!!
捉えた。ヤツを捉えた。
初めてシタンが真正面から、ラムサスの太刀を受け止めた。
ぐぐぐ……。
目の前で二人の剣が交差する。力の押し合い。ラムサスは、剣を通して腕に伝わるシタンの力を、推し量っていた。
剣に秘められたシタンの想い……。
バッ!
ラムサスは太刀を撥ね上げ、再びシタンに切りかかった。
――シタンはその太刀を己が刀で受ける――
――はずだった。
バサリ!
鈍い手ごたえ――
辺りに降り注ぐ生暖かい液体
――崩れ落ちる身体
「………ヒュウガ!?」
ラムサスは慌てて倒れたシタンの身体を、ひざの上に抱き起こした。その身体に深く刻まれた無情の太刀筋。
もう、長くはない――。
ラムサスの服が緋色に染められていく。
「何故、避けなかった?」
「……いいんですよ。人間、誰でも一度は……死ぬものです。」
「俺は……俺は……お前の本心を聞きたかっただけだ。」
シタンの顔から“色”が消え失せていく――。
「お前が永久に口を噤(つぐ)んでしまったら、何も分からぬではないか。死ぬな!!」
ゆれるラムサスの瞳に、満足げにシタンは微笑んだ。
「……私の本心など、どうでもいいことです。全ては歴史の闇の中。……私のことは後の人々が決める。
それで……いいのです……。」
「俺はどうなる?」
「……貴方は、何も知らずエテメンアンキと運命を共にした、大勢の罪無きソラリス人の……仇……全ての人々の仇……を
……今……その手で取りま……し……た……。」
「じゃあ、お前は最初から……。」
「………。」
「ヒュウガ!? 返事をしろ!」
「………。」
「ヒュウガぁぁぁ!」
あとがき:
先生、それはズルイと言うものです。これでは、ラムサスがすっごく可哀想じゃないですかぁぁぁぁっ(ゼェゼェ)。
……冗談は置いておいて(笑)
1999年10月頃に書き始め、PC内に放置しっぱなしのお話をやっと書き上げました。(^^ゞ
元々は、「先生はゲーム中、一体何を感じながら、ああ振舞っていたんだろ?」という素朴なギモンから発生した話です。
他のアホ話では「鬼(笑)」と一刀両断にして笑っていますが、真面目な話、実際は誰よりも深く傷ついていたのだろうと考えています。
当の本人フェイよりもね(笑)。
当然、「廃墟」というタイトルは、ソラリスだけじゃなく、ラムサスとシタンの心そのものも示しています。
(フェイに関することは)全て知っているのに、ただ黙ってみているしかなかった。誰よりも守ってやりたいのに、
冷たく突き放すしかなかった。これは“彼の問題”だから。というところが、シタンファンを掴んで放さない魅力の一つなのでしょうね。
で、ラムサスに聞いてもらって、先生に本音を語ってもらおうと、この話を書き始めたのですが、がっ!!
とうとう、先生は何も言わなかったのです。しょーじきな話、どう考えても、この展開しか思いつかなかったのです(困惑)。
べつに、ゼノサーガの影響を受けたわけではないですよ。1999年の段階で、このラストは決めてありましたから。
元々、私の中の先生って、(根幹に関しては)何も語らず全部を一人で背負ってしまうというイメージがありますので。
ゆえに、この話はPC内放置の運命を辿ったわけです。
あなたは、先生は何を感じていたと思いますか?
この話を元にして作った先生好きさんへの質問が、天城さんのご好意により天城さんのHP「是之樹2」に置かれています。
天城さん、ありがとうございます。
場所が少しだけ分かりにくいので(ヒント:エルドリッジ)、捜してみてください(笑)。