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紅子(あかご)



――――― エルル粛清作戦会議終了 ―――――



「ふぅ。」
廊下の片隅で、誰にも見咎(みとが)められぬよう充分気を配りながら、 ヒュウガは肺の奥底に鬱積した空気を一気に吐き出した。

気が重い。いつだってそうだ。会議の間中、全く呼吸をしていなかった気がする。
こんなことをするために、今の地位に上り詰めたのか? 自問自答を繰り返す日々。 何かが変えられると思っているわけでも、そう思っていたわけでもない。 けれども現実は、常に「選択」という刃(やいば)を喉元に突きつける。 ――乗るか乗らないか――、と。



…… “貴様は、強いのか?” ……

え?

「貴様は、強いのか? と、聞いている。」

背後からの気配にヒュウガが振り返ると、渾身の“蹴り”が自分に向かってくるのが 見て取れた。すかさず、横に数メートル飛び退(の)けるヒュウガ。蹴りは右、左、とコンビネーションで 繰り出され、大きく飛び退(の)かなかったら間違いなく次の蹴りの餌食になっていた。

「何をする!!」

「貴様。強い、な。」
見れば、声の主は少年である。

ハッ! ハッ!
次々と少年の手から拳が繰り出される。その拳から、身をかわし続けるヒュウガ。

“少年……?”

ガッッ!!
ヒュウガの身体が吹っ飛んだ。

ハーッ!
倒れた身体のはるか真上から、急所をめがけて、少年の渾身のひじ撃ちが 打ち下ろされる―――。

ガバッ!

横に三回転。転がった後、ヒュウガは全身をバネの様にして、跳ね起きた。
ひじ撃ちが外れたと見るや、少年は構えを正し、フッと笑った。

顔面に受けた衝撃を払うかのように、ヒュウガは二度ほど頭を振る。

「ソラリスの守護天使とは、その程度の者か?」

グググ……
少年が拳を握り締める音が聞こえる。また繰り出してくるのだろう。
歳の頃は12歳と見て取れた。ヒュウガはその頃の自分を思い返す。

ハッ! ハッ!
鋭い突きと蹴りが、休むまもなく襲ってくる。攻撃の激しさにかわし切れそうにもない。

――― 世界の全てが敵だった ―――
12歳といえば、たった一人で暗闇に放り出された頃。 この暗い眼をした少年もそうなのか?

ガシッ!
身体でかわしきれず、右腕で少年の手刀を受けた。
少年の脇が開いた――。
けれども、ヒュウガはこのチャンスを生かし反撃する気にはなれなかった。

ドスッ!
鳩尾に鋭い衝撃が走った。
たまらず離れ、けほっと軽く咳き込むヒュウガ。

「ずいぶんと余裕だな。だが、それも……。」

ハァーッ!
少年が懐に飛び込んでくる。
相手があの頃の自分と同じ年頃という理由で、どうしても反撃に出られない。

ガシッ!
ベキッ!
何度目かの拳を右腕で受けた時、右腕に鈍い衝撃と痛みが走った。 ……骨にヒビが入ったようだ。やはり、“付け焼き刃”の自分の拳では限界がある。
左脚もすでに……。これ以上、脚でかわすこともままならない。 恐らく、“次”を受けたら本当に砕けてしまうだろう。

――――― ならば、仕方が無い。

「ほう。やっと本気でやる気になったのか?」

“生命線の左腕”が生きているうちに。

「………。」

ジリ、ジリ、

ヒュウガは摺り足で間合いを測る。その手には刀。

ヒビの入っている脚が、どこまで持ち応えるか――。

「その刀が、鈍(なまく)らでなければいいがな。」少年は笑っている。

充分、“情け”はかけた。もう、いいだろう。

一撃で“斬る”。


「………。」
「………。」


「イド!!」

チッ!
少年が舌打ちをした。

「いつまで、そこで遊んでいるのだ。」

――― 命拾いをしたな、貴様 ―――

――― 次に遇った時には ―――

――― ククク ―――

少年の笑い声だけが廊下に響いていた。





「奴は、上手くやったようだな。」

「ええ。これで、ヒュウガにジャマされることなく、エルル粛清作戦を実行に移せるわ。」
「お前が心配しているのは、粛清作戦ではなく、“その後に起きる不慮の事態”のことであろう?」
「あら、分かる? うふふ。」

「ならば、“もう一人の守護天使”に、“存分”に働いてもらうとしよう。」
「ええ。シェバト侵攻作戦に引き続いての本格的な作戦だから、彼は、“今度は自分の番”と はりきって、着々と準備を進めているわ。」
「お前が、そうさせたんだろう?」
「そうよ。だから、その後(あと)の彼の“心と身体のケア”も、私の方で充分にやっておくわ。」

「……そして、お前に“絡め取られて”いくのだな。身も……心も……。」

「うふふ。」





エルルの大粛清まで、あと一週間―――――

あとがき:
エルルの悪夢の直前の話です。エルルの悪夢とは、アヴェでラムサスが悪夢にうなされた あのシーンのことです。その直後の黒パ○ツ(爆)があまりにも印象的だったので、 案外忘れ去られているかもしれませんが(苦笑)。
PW(資料集)によると、実は、エルル粛清(壊滅)作戦の指揮官はラムサスだったんですが、 イドが作戦実行中にいきなり襲撃したため、エルルとソラリス軍の両方が壊滅しました。 ゲーム開始の6年前のことです。そのため、ラムサスはイドに対して恐怖と復讐の念に とらわれます。フェイに対する異常なまでのこだわりは、PWによるとそのせいらしいです。

この話自体は私の勝手な作り話なんですが、あってもおかしくはなさそうということで お願いします。 イド襲撃時にヒュウガは居合わせていなかったっぽいんで、その理由を捏造して みたかったんです。これのおかげでヒュウガは、右腕と左の脛(すね)、肋骨を骨折してます。 上手く文章に入れ込めなかったんで、こちらに書いておきます(苦笑)。 あと、書けなくて個人的に残念だったのが「身長160センチにも満たない少年なのに」と いう一文。フェイの身長からいって、12歳ぐらいだったら156〜8センチくらい かなぁと考えています。
あ、あと、イドをそそのかしてヒュウガを襲わせたのは、グラーフです。 ミァンと打ち合わせしていたんです。きっと。

あ、そーだ。説明抜けてました。“付け焼き刃”の自分の拳―――というのは、 その前年のシェバト侵攻作戦のときに、ユイとそのじーちゃんと知り合い、 彼らから少しずつ拳法を学んでいたということを表してます。 まだ、刀を完全に封印するには、この時点ではヒュウガの実力が足りなかったんです。 この件をきっかけに、さらに拳に磨きをかけたということで。 あと、その翌年にはミドリちゃんが生まれるし。(*^^)v

んで、イド襲撃後に真っ先にラムサスの元に駆けつけたのが、当然ミァン。 (ヒュウガは来られないからね:笑)
「カール!! カール、しっかりして! “生きて”!」
と、大粒の涙をぽろぽろとやってくれたら、ひじょーにツボです。(*^_^*)
生かすも殺すも、自由自在、彼女の心一つ、というのが、この二人の私的なツボなのです。 この涙が“本物”かどうか謎のところが、また、いいじゃないですか(笑)。
……多分、本物。絶対、本物です。そーじゃなきゃ、ミァンじゃあ、ありません。(^^ゞ