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ミドリが口をきかない理由(第二弾)





パラリ。
シタンが無心で本を読んでいる。
世の中は平和この上なし。シタンも、ようやくゆっくりと読書を 楽しめる時代が来たのである。

トントン。
かちゃかちゃかちゃ……。
午後のお茶の時間だ。

「……。」
無言のままお茶が差し出される。ユイは、シタンの読書のじゃまをしないよう、 いつもそっと机の上にお茶とお菓子を置いていくのだ。シタンは顔も上げずに、 お菓子とお茶をほとんど無意識に口に放り込む、というのが日課になっていた。

今日も一つつまんで。
ぱくっ

「ん?」
いつもと違う香りが口の中に広がっていく。基本的に和食党のシタンの おやつは、緑茶と和菓子。特にお茶請けはあんこ系、そう決まっていた。
慌ててお茶を流し込む。

「ぐっ何だこれは!」
お茶もいつもと違っていた。紅茶だった。
これは一言いっておかなきゃなりませんねぇ。シタンは口を真一文字に結び、 椅子から立ち上がった。

「ユイ。ユイちょっと来なさい!」

“なぁーにぃー”

下から呑気なユイの声が響いてきた。
あまりに間延びした返事に、シタンの怒りがより増す。



とんとんとん、ユイが上がってきた。
「なぁに。」
「ユイ。これはいったいどういうことですか?」
「どういうことって、おやつよ。」
ユイは何が何だか分からないと、不思議そうな顔をする。

「飲み物は緑茶、茶請けは和菓子と決めてあるでしょう!」
シタンの怒りは最高潮。

実はさりげなくユイが目配せを送ってたりするのだが、シタンは全く 気付かない。

「なのに今日に限って、飲み物は紅茶。茶請けは……。」
ん、この香りは、とシタンが気付いた時には遅かった。

「うわーん!!」
ダダダッ!!
泣きながらミドリが書斎を飛び出した。

「あ〜あ。私、知らないわよ。」
ユイが恨めしそうな非難の眼をシタンに浴びせる。
「ひょっとして、今のミドリが……?」
シタンの背中が心なしか丸い。

「そうよ。明日はバレンタインデーだから、“お父さんに食べてもらうの”て、 はりきって夕べからせっせと作ったのにねぇ。」
ユイの視線が痛いくらい冷たい。シタンは凍り付いてしまいそうだった。

見れば、周りにココアがまんべんなくまぶしてある、おいしそうな トリュフである。それもシタン好みのブランデーで香り付けしてある。 酒なんぞ飲めるわけの無いミドリには、少々しんどい作業だっただろうに。
シタンは眼を細めて、チョコを口に放り込んだ。
「ん、おいしい。」

チョコだと分かって食べれば、おいしいに決まっている!

「それを、さっきミドリに言ってあげれば良かったのにねぇ。」
ユイはしみじみとため息をついた。
「……ということは……?」
「お茶を持って来たまま、ずっとここにいたのよ。あの娘。」



「……お父さんのばか……。」

シタンのあんな態度を見ちゃあ、後でどんなにシタンが誉めたところで、 ミドリは信じちゃあ、くれない。あたりまえだ。
ああ、いつまでたっても報われないミドリとシタン。



ということで、ますます口をきいてもらえなくなったとさ。



お・し・ま・い。