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樹海を抜けて





風が変わった。先ほどまでのさわやかな風と違い、熱風が吹き付けてくる。

「あっ砂漠だ。」
フェイは立ち止まる。そんな彼を見て、シタンはニッコリ笑った。

「フェイはここに来るのが初めてでしたね。イグニス大陸最大の砂漠地帯です。世界一と言ってもいいですね。」
「話には聞いていたけど……広い。どこまでも広い……。」
見渡す限りの砂、砂、砂。それは地平線の彼方まで広がっていた。

「さあ、フェイ。感動しているヒマはありませんよ。我々は早くダジルにたどり着かねばなりません。それにヴェルトールの部品も調達しなければいけませんしね。」
ところで先生。ダジルはどっちの方向へ行けばいいんだ。」
シタンはある方向を指差した。
「あちらに向かって、少し進んだところにあります。さあ急ぎましょう。」



2人は進み始めた。初めての砂漠。砂に足を取られて思うように歩けない。
やっとのことで砂丘を一つ上り終えた。

「へへへへ……。」
目の前に人影が1つ、2つ。見慣れない杖を担いでニヤニヤ笑っていた。

「むっ。追手なのか?」
「違います。彼らはサンドマン。この辺りを縄張りとする盗賊です。」
「盗賊……。後ろにもいるぞ!」
フェイが慌てて振り向いた。
「どうやら囲まれてしまったようですねぇ。」
シタンが諦めたように言った。その眼は鋭い光を放っていたが、フェイはそのことには気が付かなかった。

「『ようですねぇ』て、まるで他人事みたいに……。どうするんだよ。」
「戦うしかないでしょう。」
シタンの言葉にフェイは少なからず驚いた。普段の温厚な彼の口から出るセリフとは思えないからだ。

「俺はいいけど、先生は大丈夫なのか?」
フェイは、シタンが生身で戦っているところを、ほとんど見たことがない。たいてい、彼は『ツチノコよけ』『ツチノココロリ』『ツチノコバスター』等のわけの分からない機械でモンスターを追い払っていたのだ。今は、武器すら持っていない。あるのはこの身体と拳だけ。相手は5人。本当に大丈夫なのかと、フェイは不安だった。

「ごちゃごちゃ言っていないで、やりますよ。」
「うん……。」
フェイが構えようとした瞬間。

「破!!」
1人が音もなく崩れ落ちた。シタンの拳をまともに食らってだ。
は、早い……。シタンの素早さにフェイは息を呑んだ。ラハン村の中では、自分より素早い者はいなかった。シタンは何事も無かったように、自分の脇に立っている。フェイは自分の目が信じられなかった。

「フェイ。危ない!」

ズキューン!
サンドマンの撃った弾がフェイの腕をかすめた。
「くそう!」
すかさずフェイも反撃する。しかし、サンドマンは倒れない。自分とシタンとの力の差を見せ付けられたような気がした。
その間にシタンはもう一人を倒していた。やはり一撃で。
フェイは2度目の攻撃でやっとサンドマンを倒すことができた。

「掌!!」
シタンが4人目を倒した。あと一人だ。
焦ったフェイの攻撃は外れてしまった。

ガツン!
一瞬視界が揺れた。頭がガンガンと鳴る。土検杖で殴られ、自分は倒れたようだ。
宙返りの要領で一気に起き上がる。
その間に最後の一人が倒されていた。

「フェイ。大丈夫ですか?」シタンが駆け寄る。
「うん。ちょっと頭がクラクラするけど。これくらい平気だよ。」
フェイは両の手を合わせ目を閉じた。緑色の光がその身体を覆う。

「なるほど内養功ですか。」
確か、村に居た頃は使えなかったはず。樹海をさ迷った僅かな間に腕を上げたようだな、とシタンは眼を細めた。

「さあ先生。行こう。」
2人は先を急いだ。



またもや行く手をモンスターに遮られた。魚の様な形をした見かけない生き物である。少なくともフェイにとっては、だ。

「なんだこりゃ。こいつら砂の中を泳いでいるのか?」
「そうです。名前はスナハミ。普段は砂の中に潜み、獲物が来ると姿を現すんです。」
「獲物……俺達がか?」
「ええ。なかなか手強いですよ。注意して下さい。」
言うが早いか、シタンは得体の知れない生き物に対して拳を繰り出した。しかし、スナハミは逃げなかった。逆にスナハミの体当たりを食らい、シタンは吹っ飛ばされた。

「先生! 大丈夫か?」
「大丈夫です。私のことは気にしないで下さい。」
思いのほかダメージが小さかったらしく、シタンはすっと立ち上がった。

「おりゃー!」
傷ついたスナハミにフェイが飛び掛かる。しかし、思ったよりもダメージを与えられない。
同じくフェイも体当たりを食らってしまった。一気に立ち上がりはしたが、足元がよろよろしている。

「破!」
ようやくシタンが一匹目のスナハミを仕留めた。

すかさずフェイも残りの一匹に攻撃をする。しかし。
「しまった。」
すんでのところでスナハミに避けられてしまった。そのままスナハミに尾で殴られ、たまらずフェイは片膝を付いた。
次は回復をしないと……フェイはおぼろげな意識の中、そんなことを考えた。しかし、間に合うのか? 次を食らったらおしまいだ。そのことだけは、はっきりと分かる。おそらく本能だろう。

シタンが両手を上に挙げ、何言かを唱えた。

「破!」
フェイに向けられて繰り出された両の掌から、緑色の閃光が走る。
「え?」
閃光はフェイの身体を包むように回り、彼の体力は元に戻った。完全な状態に。

「は、は、は、うぉりゃあ!」
フェイは渾身の力をスナハミに叩き付けた。スナハミはひっくり返った。あと一息。
シタンはスナハミの最後の攻撃を両腕で受け止め、そのまま激しく蹴りを入れた。
終わった……。

「フェイ。貴方は大丈夫ですか?」シタンが振り返り、いつもの顔で微笑んだ。
「ああ。先生のお陰だよ。先生、今のは何だい?」
「ああ、あれですか? 長く医者をやっていれば、誰にでも出来る様になる代物ですよ。」
言い終えると、シタンは前を歩き始めた。

シタンが嘘を付いているのが、フェイには分かった。
そんなことはない。俺の回復技も戦いの中でようやく身に付けたものだ。先生の技は、俺のものよりも遥かに強力だった。それだけじゃない。戦闘能力も俺より上だ。それは痛いほどよく分かった。何故、今まで人に見せなかったのか? 少なくとも俺には教えてくれてもいいのに……。

良く見知っているはずのシタンの背中が、フェイには他人のもののように見えた。

「フェイ。どうかしましたか?」
フェイが付いて来ないの気付き、もう一度シタンが振り向いた。今までと全く変わらない笑顔。

「いや、何でもないよ。」フェイはシタンの元に駆け寄った。
「フェイ。少し先に見えるあの白い城壁がダジルです。」

シタンの指差す方向に白い建物が見えた。