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クリスマスツリー





「へぇ〜こんなイベントがあるのか。よし、やってみよう。」
シタンは本を見ながら、一人ほくそえんでいた。

……また、よからぬことを思いついたらしい……。





「ユイ。出かけてくるよ。」
「?? 貴方、いったい何を始める気なの?」

見送りに出てきたユイが、驚くのも無理はない。
なんせ、どっから手に入れたのか、地下足袋にお約束のズボン、頭には ヘルメット、肩にはのこぎりと、工事のオニーチャンもビックリのすさまじい カッコを、シタンがしていたからだ。けれども、さわやかに結ばれている、 彼の髪型は妙にその格好に似合っていた。

……冗談はともかく……。

「まぁ、見ていなさい。」
驚くユイを尻目に、シタンはニコっと笑って出て行った。



「……。」
戸の陰でミドリが見ていたらしい。
「あ、ミドリ。見ていたの?」
ミドリが可愛く頷く。

ユイは彼女の正面にしゃがみ込み、しみじみとため息をついた。
「お父さん、また変なことを始めるつもりよ。困った人よねぇ。」
「……気にしても無駄……。」
父親のシタンが聞いたら卒倒しそうな台詞をミドリは言い、ユイを慰めた。





「どのくらいの大きさがいいかなぁ。」
一方、肝心の娘にそんなことを言われているとは、つゆほども知らないシタン。
「あまり大きいと家の中に入らないからなぁ。こんなことなら、もっと 大きな家を建てておけばよかったかな?」

誰がそんなばかデカい家の掃除をするんじゃ!

今でも充分、ユイに文句を言われていることを、シタンはすっかり 忘れていたのであった。さらに、あまりにシタンが散らかすので、 『家の中に貴方のがらくたを持ち込まないで!』と裏の物置小屋に追放に なったというのに。とりあえず、書斎だけは『父親の威厳』というよりも、『 守護天使の仕事』のカモフラージュのために家の中に残されたが。

「う〜ん。やはり、これにしよう。枝振りもなかなかのものだし。」

ズッコズッコズッコズッコ……。
シタンはのこぎりで、目的の木を切り倒し始めた。

……しかし、なにゆえ、こんなに土木作業の姿が似合うのだろう。 この人は……。

「ふぅっ! 使い慣れない物を使うとさすがに疲れますねぇ。それに 思ったよりも切り進めない。」
彼の額は汗びっしょり。

……持ち前のずば抜けたエーテル力を使った方が、簡単に切り倒せないのか?  例えば、『水精−裂−』とか……。



ぎぎぎ……ばきばきばき……ずでーん!
大木は傷口から悲鳴をあげ、見事に倒れた。地響きのため、周囲の鳥達が チチチと飛び立つ。

「やっと倒れた。……ああっ!」
シタンは頭を抱えた。彼は、ようやく、ある事実に気が付いたのだ。

「大きすぎて運べない!」

……何やってんだ。守護天使……。

けれど、こんなことではめげない彼。何故なら、今日こそ父親の株を 急上昇させるぞと力を入れているからである。さっそく次の木を探し始めた。
「この大きさがいい。」
次に選んだのは、(地球の常識で言うと)高さが120cmくらいの、 ちょうどミドリが少しだけ見上げる程度の大きさの木であった。

「……先生? 先生だよね。」

振り向くと、おそるおそる様子を窺っているフェイがいた。

「ぎゃははっ! 何だよ、先生。その格好!」
「フェイ。人の顔を見るなり爆笑したりして。失礼ですよ。」
シタンは眉をひそめるが、

……その格好では説得力なし……。



「……はぁ、はぁ、はぁ……。」フェイは肩で荒く息をしていた。

……そこまで笑うか、フェイ……。

「……で、先生。何しているの? 木なんか切ってさ。」
シタンは拗ねたような、冷たい目をさんざ笑ったフェイに投げかける。
「やっと気が済んだんですか? 見れば分かるでしょう。ミドリのために、 『クリスマスツリー』を作るんですよ。」

「(見て分かんないから聞いたんだけどなぁ。)クリスマスツリー?」
「そうですよ。知らないんですか?」
フェイはちょっとムッとした。
「知っているよ。今日になってから、準備する人がいるとは思わなかったからさぁ。」
フェイの指摘はもっともである。なぜなら、今日はイブ当日。

「だから、急いでいるんです。フェイ。そこにぼーっとつったっているんだったら、 手伝って下さい。」
「……手伝うって、何を?」
フェイはキョトン。
シタンはじれったそうに、とんとん木の幹をたたきながら説明した。

「フェイ。私がのこぎりで少しずつこの木を切り始めますから、貴方は この木が勢い良く倒れてしまわないように、ずっと支えていて下さい。」
「え、ずっと?」たまらずフェイが聞き返す。
「そうです。倒してしまったら、せっかくの枝が痛んでしまうでしょう?」
シタンは力いっぱいうなずいた。そう、鼻息も荒く。

……そこまで力入れなくてもいいのに……。



ずっこずっこずっこ………。

「……ねぇ、先生。」
フェイが話し掛ける。退屈そうに。支えているというよりは、木に 寄りかかったポーズで。
「なんですか?」
そのフェイの足元で、無理な姿勢を取り、のこぎりを動かすシタン。 はっきりいって今、彼は忙しい。

「ほんとにミドリは喜ぶのかなぁ。」

ピタッ!

すっく!
「……あれ? 先生……?」

「『あれ? 先生?』じゃありませんっ!!」
シタンの顔はマジ。

(しまったぁ。)

フェイが後悔してももう遅い。
さらに、シタンの眉間には3本のしわが深く刻まれている。

(ミドリのことだと、先生、冗談も何も通じないんだった……。)

そう、ミドリのこととなると、シタンは何も見えなくなるのである。例えば、 ダンがミドリを泣かせたと誤解したシタンが、ダンが風邪をひいたことを これ幸いに、めいいっぱい痛い注射をたっぷりと打ったのは、 つい先日のことである。実は、この程度のことはラハン村では よくある話だったりする。ミドリに友達が少ないのは、彼女自信のせいと いうよりは、はっきりいってこの父親のせいだ。
シタン家の敷地の立て札の裏側にある落書きは、そのときの腹いせにダンが 書いた物だったりする。

……んなバカな!……

「ミドリが喜ばないわけがないでしょう! あの子は喜ぶに決まってます。 そして、きっと、今日そこ『お父さん。ありがとう。』って……。 それから……。」

(あ〜あ、始まっちゃったよ。)

シタンはフェイの目の前で唾を飛ばし、熱弁を振るっている。 シタンの頭の中は、すでに別な世界に行っているのだ。まだ出来上がっても いないクリスマスツリーをミドリにプレゼントしている夢の世界に。 こうなると長い。フェイは覚悟した。それはいつものことだから。

……ラハン村は今日も平和に日が暮れる……。

「……で、ミドリがですねぇ。……フェイ? 聞いているんですか?」
やっと現実に戻ってきたようだ。やれやれといった様子でフェイが一言。
「先生。もうじき日が暮れるよ。今日のうちに作るんだろ?」

ふと我に返るシタン。あわててずっこけた眼鏡をかけなおす。
「あ、あ、ああ、そうですね。フェイ、しっかり支えていて下さい。」
「(さっきからずうっと支えてるよ。いいかげん、手がしびれちゃったよ。)」
フェイは口の中でブツブツ。そう、シタンに聞えないように。これ以上、 災難に巻き込まれないように。





「おかえりなさい。」
ユイがにっこりと出迎える。
「ただいま。」
「あら、フェイ。貴方も一緒なの?」

実は木を切った後、彼は帰ろうとしたのだが、シタンに帰らせて もらえなかったのである。彼は絵を描きに山に入っていただけだったのだが。 うっかりシタンに声をかけたばっかりに、とうとう一緒に木を運ぶ ハメにまでなったのだ。

……かわいそうに……。

シタンはさっそく広間に木を運び込み、周りを布で囲った。中が 見えないようにするためだ。この一連の作業があまりに早かった為、 ユイはシタンを止めるタイミングを失った。

ユイはため息を一つ吐き、肩をすくめながら苦笑いを浮かべてフェイを見た。 フェイも苦笑いを浮かべていた。
「フェイ。せっかくだから夕食でも食べていく?」
「やったぁ。それだけが救いだよ。」
「ごめんなさいね。大変だったでしょう。うちの人、夢中になると何も 見えなくなるから。」

この間も、シタンは囲いの中にせっせと怪しげな物を持ち込んでいた。





「貴方、ご飯が出来たわよ。」
ユイが囲い越しに声をかけた。
「少し待ってくれ。今、出来上がるから。」シタンの返事は呑気なもの。
「んもう。もう少し、もう少しって、さっきからそればっかりじゃないの。 先に食べるわよ。」
「分かった。こっちも出来たよ。」

返事の後、シタンが開かずの囲いの中から出てきた。無意識に微笑んで しまわないよう、精一杯の無表情で。

「フェイ。手を貸してもらえませんか?」
「え〜。またぁ?」

「そんなにイヤな顔をしないで、すぐ済みますよ。この囲いを取るのを 手伝って欲しいだけですから。」
「ふぁ〜い。」

「ユイ。灯かりを消して。」
「はいはい。」

パチン!
あたりは薄暗がりに。

「じゃ点けますよ。」

ぽぅっ

家に運び込まれた樹木の輪郭がぼんやりと浮き上がる。細かい枝の先にまで 飾り付けられた無数の小さな小さな発光ダイオードによって。
そのうちに、電球も点(とも)り始めた。一つ一つ、下から順序良く。 やがて突端に灯が点(とも)った。
最初は、弱々しい光だったが、やがてまわりがはっきり浮き上がるくらい 明るくなった。

「きれい……。」
思わずユイが言葉を漏らす。

「まだまだ変化しますよ。」
シタンの顔が輝いて見えるのは、ツリーの光があたっているだけでは ないだろう。彼は満足そうだった。

「すご……。」フェイは口をまんまるく開けたまんま。

ツリーは周りを黄色い光で明るく照らした後、左下から緑色に変化していく。 その変化に合わせるように、優しい音がツリーからこぼれはじめた。

その音は、はじめは雨だれのようにポロン、ポロロンと、そして徐々に音楽を 形作っていく。ツリーの光は音楽に合わせて、点滅と色の変化を繰り返した。 時には真っ暗になり、時には「Merry Christmas」、時には家族の名前と 彼女たちへのメッセージを浮き上がらせ、一時も同じパターンを 繰り返さなかった。

普通のツリーは、配線にサーモスタットをかませて電球の点滅を行うのだが、 根っからの凝り性のシタンはそんなことではつまらないと、全ての 電球の点滅をコンピューターで制御しているのだ。それも3時間近くの パターンをプログラムしているという……。当然、このエネルギー源は スレイブジェネレーターだ。それ以外にこれだけのエネルギーを供給できる 代物はない。まあ、スクラップ状態のギアからぽんぽこ風呂を作っちゃう ような人だから、別に不思議なことではないのだけど。

ツリーの上に、一人の少女が電球の点滅によって描き出された。そして、 優しい音楽に合わせて、絵が動き出す。それは、小鳥達と楽しそうに 戯れる一人の少女。周りが夜になり、小鳥達が空に帰ってしまうと、 少女は一人ぼっちで両手を胸の前で組み、淋しそうに空を見上げた。 しばらく経つと、遠くからかすかに鈴の音が鳴り響いてくる。 鈴の音に合わせて、空からトナカイのソリに載ったサンタクロースが現れた。 鈴の音と共に、サンタクロースはぐんぐんと少女に近づいてくる。

「……。」
肝心のミドリはというと、口こそ開けなかったけれど、目はずっと ツリーの光に釘付け。

そんなミドリをちらっと横目で見て、シタンは満足そうに頷いた。

サンタのプレゼントからは、小鳥、動物、友達、両親、夢、希望、愛…… 次から次へとあらゆるものが飛び出し、少女の周りを楽しそうに廻る。

この日の夕食は大いに盛り上がったという……。





翌日。
とことことこ……。
朝食もそこそこにミドリがツリーに駆け寄った。

「貴方。ミドリがもう一度見たいそうよ。」
ユイがシタンの耳元でそっと教えた。

「ん。」
振り向いたシタンが見たのは、可愛い手で、ものめずらしそうに ツリーのあちこちを引っ張るミドリの姿。
「わっ! そこをさわると……。」

ぼんっ!
もわもわもわぁぁぁ

「きゃー、ミドリ。ミドリ!」

煙が消えた後、残ったのはまっくろけにすすけたミドリの姿。 何が起こったのか分からず、目をパチクリさせている。

ツリーもまっくろけっけ。

駆け寄ったシタンが一言。
「あーっ、ダメだ、ダメだ、これじゃ! どうしてこんな粗悪なパーツ、 混ざっているかなあ!?」

……その前に、言うことあるでしょ……。



と、いうことでさらに口を利いてもらえなくなったとさ。