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結婚式





から〜ん、から〜ん!
祝福の鐘が鳴り響く。



「うふふ。そんなに緊張して。まるで貴方が結婚するみたいよ。」
「ミドリのことが心配で心配で……。」
「あの娘なら大丈夫よ。貴方と違ってしっかりしているから。」
「でもあの調子ですし……。」


ミドリの表情はいつもと変わらない。
でも。
右手と右足を一緒に出して歩く姿はなんだかぎごちない。


「あらら。脚と手が一緒だわ。あの娘でも緊張するのね。」
「大丈夫かな……。」
ミドリは花嫁のベールを支えて歩くという大役を仰せつかっているのだ。



フェイとエリィの結婚式。
シスター達は張り切って。
朝から準備でおおわらわ。



おはようございます、とマルーが声を掛けてきた。

「おはようごさいます。マルーさん。朝から、皆さん忙しそうですね。」
「シスターアグネスを中心に、みんな張り切っちゃって大変。あれ? ミドリちゃんは?」
マルーが周りを見回す。

「さっき、シスターに呼ばれて行きました。」
「あ、行き違いか。」
「この人ったら娘よりも緊張してるのよ。」
「言わなくてもいいのに……。」シタンが頭を掻いた。
「うふふ。」

「じゃ、ボクは先に行っているよ。」



大勢の人々がお祝いに駆けつけてきた。
協力した者、戦った者、助けた者など、今までに出会った人々が。



花婿の控え室――。

「よっ! 色男。準備は出来たかぁ?」
バルトが後ろから、鏡に向かうフェイの両肩をぽんぽんと叩く。
「バルト! 冷やかしなら止めてくれよな。きんちょーしてるんだからさ……。」
フェイがじろっと睨んだ。

「お前が緊張するってガラかぁ。こんな面白い時に、茶々を入れないでどうするってんだよ!」
バルト、はいつもと違う面持ちのフェイを、はっきり言って面白がっている。
「お前なぁ……。シグルドさん、何とか言ってよ。」
「諦めるんだな。フェイ君。今日の君は皆のオモチャだ。せいぜい、飲まされて潰されないように頑張るんだな。花婿とはそんなものだ。」

「シグルドさん、冷たい……。」



花嫁の控え室――。

シスター達に飾り付けられているエリィ。
「エリィさん。綺麗……。」傍らでマルーがため息を吐いた。

女性が一番輝く日。

純白の衣装を身に着けたエリィの姿は、本当に美しかった。

「マルーさんも、もうすぐよ。」
「そうですよ。マルー様も早く若様と……。」
「ちょ、ちょっと、前にも言ったでしょ! 若とボクは一番の仲間なの!」
マルーは耳の後ろまで真っ赤になった。

「うふふ。マルーさん、顔が真っ赤よ。」



花嫁の入場――。

父親の代役としてシタンがエリィの腕を取り、ミドリがベールを支えて歩く。
シタンは娘が心配で、自分のことどころじゃないようだが。娘がきちんと歩いているか、転びやしないかと、耳を澄まして足音を聞いていて……シタンがけつまずいた。

エリィは危うく吹き出しそうになるのを堪えた。頭を抱えるユイ。



神聖な儀式が厳かに執り行われる――。
心なしか2対の天使像が微笑んでいるように見えた。



「おめでとう、エリィさん。」
「とうとうやったな、フェイ。」
祝福と紙吹雪が2人の上に降り注がれる。

「キ……じゃない、フェイ。これ。」
エメラダがフェイ達にプレゼントを手渡した。
添えてあるカードには可愛い文字で『フェイ、エリィ。おめでとう。お幸せに。』と書いてあった。
「エメラダ……ありがとう。」2人がエメラダを抱きしめる。

「おいおい、お2人さん。そこに立ち止まってると、いつまでも宴が始められねぇってよ。」
ジェシーのダミ声が響いた。

「先輩、何もそんなに急かさなくても。」
「2人は今、幸せを噛み締めている訳ですから。」
「かーっ。お前達、何かったるいことぬかしてんだよ。幸せなんざぁ、後で幾らでも噛み締められるさ。なぁ……。」
後輩2人に責められ、旗色の悪くなったジェシーがもう1人の後輩、カールに賛同を求める。
しかし、カールは遠くに想いを馳せていた。

「だぁ〜。いつまでもくよくよしてんじゃねぇっ!」



宴――。

内輪だけで行いたいという2人の願い空しく、ニサンの一大イベントとなってしまったもの。

誰にとっても、これだけ明るい話題は久しぶりである。
皆で祝福しないでどうします!と2人はシスター達に説得されたのだ。
単に剣幕に押されたって話もある。

「恥ずかしいよ……。」フェイがうつむいてボソッとこぼす。
「我慢しましょ。みんな楽しそうだし……。」
大勢からよく見えるように、一段と高いひな壇に座らされている2人。これは辛い……。

でも、本人達が気にするほど周りの人間は見ちゃいないのだ。食事をしたり、久々に出会う人達との交流に忙しくて。



「おい。フェイ。ちったぁ飲んでるのか?」
ジェシーがフェイのコップに酒を注ぐ。ジェシーの方はすでに出来上がっている。
「ぐっと行け。ぐぅっと。」
仕方なく、フェイは一気に飲み干した。

「いい飲みっぷりだ。さ、もう一杯……と、何だよビリー。」
後ろからビリーがジェシーをつっついた。
「いい加減にしろよ。フェイが困ってるじゃないか。」ビリーが恐い顔をしている。
「へいへい。分かりましたよ。そんな顔で睨むな……恐いゾ。」

「フェイ。エリィさん。おめでとう。」
「……おめでとう……。」
真似してプリムがちょこんと頭を下げた。

「……プリムちゃんも話せるようになって良かったわね。」エリィも嬉しそうだ。



リコやゼファーやマリアやチュチュ。人々が入れ替わり立ち代わりに挨拶に来る。
「上官としてより、あんたはそうやって大人しく座っている方が似合うぜ。」
ランク、ヘルムホルツ、ストラッキィ、ブロイアー、フランツの5人組みも来た。



かつて敵味方に分かれていたものが楽し気に酒を酌み交わす。ソラリスもガゼルもアバルも関係なく。平和になったのだ。



「おめでと。」ダンだ。
ちょっとこの場に不似合いな無愛想な顔をしている。
「ダン……。」
エリィは脇で冷や冷やしていた。2人の間の出来事は聞いて知っている。彼の姉の事も。

「やい、フェイ! もしこのねーちゃんを不幸にしやがったら、おいらがめっちゃくちゃのギッタギタにしてやるからな。覚えとけよ!」
彼なりのお祝いの言葉だ。ダンもフェイも大声で笑った。つられてエリィも笑った。



「親父さんに先を越されちまったか。とにかくフェイ。おめでとう。」
バルトがどでかいコップを持参し、なみなみと酒を注いだ。

「さ、フェイ。一気に行けよ。これが飲めなきゃ男じゃないって。な、エリィ。」
「おいおいおい……。」
「私のそう言われても……。」
半端じゃない大きさ。コップなんてものじゃない。バケツだ。

「ほんとにコレ飲むのかよ。」
フェイは冷や汗たらたら。なんとか飲まずにすむ方法は……。

「こんなことで証明させようなんて、考えが幼稚だね!」ビリーだ。戻ってきたらしい。
「んだと!」
助かった……フェイとエリィは胸を撫で下ろした。

「ビリー。お前戻ったんじゃねぇのか。」
「親父といっしょにいたら、僕もつぶされちゃうよ。シグルド兄ちゃんみたいにさ。」
「シグルドさん……。」
「ひょっとして……。」
ジェシーが面白がって飲ませたらしい。シグルドがめっぽう弱いのを知っているのに。

「ああ。今、先生が別の部屋に運んで介抱している。」
道理で、いつもなら真っ先に祝いに来るはずのシタンが来ないわけである。医者って大変だ。


そんなところに、カールと女の子4人組みが来た。

「わぁ〜。なんだかおいしそ〜。」
「わ、こら、やめろ。」
トロネの制止を無視して、セラフィータが例のバケツの中身をごくごくと飲む。中身はあっと言う間に空に。

きゅう……と音を立ててセラフィータがぶっ倒れた。
ぴくぴくとトレードマークのしっぽを動かし、幸せそうに眠る彼女はなんだか可愛かった。

しょうがないな、カールが彼女を抱き上げた。少しだけ羨ましそうな目線を送るドミニア。それを見て(?)微笑むケルビナ。

「フェイ。良かったな。」
一言だけ残してカールは去って行った。後を付いてくトロネ。
ハンサムゆえ、こーゆーのは実に絵になる。呆気に取られるフェイら4人。

「……あいつら、何しに来たんだ?」
「一応、お祝いを言いに来たみたいだったけど……。」
しかし、見慣れているドミニア、ケルビナは全く動じていない。いつもの事だから。


「閣下に代わって言わせてもらう。おめでとう、エレハイム。」
「ありがとう、ドミニア。貴方ももうすぐよ。」
「私は結婚などするつもりはない!」

「何を言っているの。意中の人はいるくせに。」ケルビナが茶々を入れる。
「えっ誰?」エリィが興味深そうに聞き返す。
「教えてあげましょうか。……ドミニア、なに赤くなっているの?」
「これは酒のせいだ。行くぞ!」
ドミニアはのっしのっしと去って行った。逃げるように。

「うふふ。ドミニアったらテレちゃって。」
「で、その相手は? 教えて。」
「あのね………。」
全く女ってやつは。人の恋愛なんてどうでもいいじゃないか……と男衆3人は呆れていた。



宴はいつまでも続く。大勢の犠牲者を出しながら。

「ふう。皆さん倒れるまで飲まずに、少しはセーブして下さいよ。」シタンも呆れていた。
犠牲者の半分以上が、バルトとジェシーによるものである。
フェイが生き残ったのは奇跡に近い。エリィが隣で睨みを利かせていたからかもしれない。
真相は闇の中――。





隣の部屋からユイの子守り歌が聞える……。


「とても疲れていたみたいね。もう寝てしまったわ。」
ユイが戻ってきた。

「あんなに緊張したのは初めてでしょうからね。」
「貴方の方が見ていて恥ずかしかったわ。」
「放っといて下さい。」シタンが赤くなる。
「でも、大変な結婚式だったわね。お疲れさま。」
「大したことはないですよ。しかし、2人はいい迷惑のようでしたね。」2人は笑った。



突然、シタンが真顔になった。

「ユイ……。」
「ん?」
「眼を閉じて……。」



ふわっ

何かが頭に被せられた。



ユイはゆっくりと眼を開けた。
目の前が白く霞んで見える。その先で、シタンが眩しそうに微笑んでいた。

「やはりよく似合う……。」

それは花嫁のベール。
決して豪華なものではなく長さも背中までしかなかったが、白いレース地に小さい花々があしらわれ、裾は白いチロリアンテープのようなもので縁取りされている、ささやかだが美しいものだった。
その質素さがユイの控えめな性格を表わしているようで、とても彼女に似合っていた。

胸がぐっと熱くなる。しばらくの沈黙の後、ユイはやっと口を開くことができた。

「これ…は…?」
「貴方のために、シスターに頼んでおいたんですよ。今まで何もしてあげられなかったから。」
シタンは知っていたのだ。もちろん後悔などしていないが、許されざる恋を貫き通したことにより、花嫁衣裳を身に纏うことができなかったことを、ユイが時々寂しく思っているのを。

「そんな……。そんなことはないわ。」ユイは震える唇で答える。
改まって口には出したりしないが、いつもいつも、自分のことを大切に思ってくれている……。シタンの気持ちが何よりも嬉しかった。

ユイの眼から大粒の涙がこぼれる。

「ほら……。泣かないで、顔を上げて。涙なんて似合いませんよ。」
「ええ……。」



2人は無言でみつめあった。



シタンは両手でうやうやしくユイのベールをあげる。



私の可愛い花嫁……。



シタンは優しいキスを送った。