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“キラリ”
銀色の刃が蝋燭の光に照らし出される。

この刀は一体何人の血を吸ったのだろう。もう思い出せない……。
なのに断末魔の叫びと、そのときの表情が頭から離れない。
人、人、ヒト、ひと……。死んでしまえば唯の肉塊。
ああ、吐き気がする。

明日も斬らねばならない。それが私の役目だから。我が国に逆らう者は全て……。
守護天使、何が天使だ!
やっていることは悪魔と同じ。



『兄ちゃん。死ってどういう意味?』

『死っていうのはな、心が何処かに行ってしまって、眠ったままになることなんだよ。』

『ふーん。心って戻って来ないの?』

『そうだよ。』

『それって恐くないの?』

『ああ、恐いさ。けれどもっと恐いのは無駄に死ぬことだよ。』



兄さん……。



『無駄に死ぬって?』

『何かに巻き込まれて何も成すことなく死んで行くことさ。』

『成すこと?』

『人は皆、何かを成し遂げるに生まれてきたんだよ。』

『ふーん。そうなんだ。』

『日向、お前は何がしたい?』

『よく分かんないよ。』

『そうだよな、まだチビ助だもんな。俺は……“外”に出たいな。』

『外?』

『この国の外さ。それまでは何とかして生き延びなきゃな。』



それなのに何故、兄さんは死んでしまったんだ。



『兄ちゃん。死んじゃだめだ! 外に出るまでは生き延びるって言ったじゃないか!』

『日向……俺はもう……駄目だ。』

『お母さんもお父さんも、みんなみんな……僕を1人ぼっちにしないでよ。』

『日向……お前は強い。生き延びて俺の代わりに“外”に行くんだ……。それまでは何があっても絶対に死ぬんじゃない……ぞ………。』

『兄ちゃん!!』



死ぬな、か。

いい気なものだ。
代わりに生き延びた、“可愛い”弟は、今では死の大天使。――人々に死を給う者。
忌み嫌われ、恐れられ、心を打ち明けるものすらいない。


今の私に出来ることは、苦しませずに死なせることだけ。
せめて苦痛を最小限に。はは、そんな“技術”だけは長けてしまったな。

あとは、既に事切れた肉体を、これ見よがしに切り刻み、敵を怖じ気づかせて退却させることしか出来ない。
敵を無傷で逃がす為に……。

高笑いをし、哀れな骸をズタズタに切り裂く私の姿は、狂人か悪魔にしか見えないだろうな。敵からも、もちろん味方からも。
ああ、吐き気がする。


しかし、やらねばならない。


1人でも多く、無駄死を減らす為に。
兄達の様な人を増やさない為に。


無傷で捕まれば、3級市民として一生奴隷だ。大地は二度と踏めない。
そうでなければ、洗脳されて再び兵士に。何も思い出せない方が幸せか。
傷を負った兵士ならば、屈強であるという理由で間違いなく被験体にされる。
傷を負った民間人、治る見込みがないとされた場合は、そのままソイレントシステム行き。
そしてあの忌まわしい……。こんなこと知らなければ良かった!


皮肉なものだ。

良かれと思ってしてきたことが“優秀”と認められ、昇進続き。
今では最高司令官か。


戦いなんぞ、したくでもないのに。この国は許してはくれない。
この国は狂っている。人を部品か何かのように扱うなんて。
いずれ権力を握り、この国を変えてやる。
それまでは、なんとしても生き延びなければ。たとえ返り血をどれくらい浴びようとも。

国を変えた後で、その報いは全て受けよう。それが“天使”ではない“人”としての役目。


だが、今の私に出来ることはこの刀の手入れをすることだけ。余計な苦痛を与えぬために。
死の苦痛は一瞬でいい。それ以上は長すぎる。


明日はシェバトか……。
もう寝なければ、明日も生き延びる為に。