不安
「ぐ、ごほっごほっ。」
ぽたぽたぽた……。
この吐血量では、どちらにしても助からないな……。この期に及んで冷静に分析している自分がいた。
「どうした? これで終わりか?」
シタンは口元を手で拭い、立ち上がった。
その身体を緑色の閃光が包む。
「ふん、回復エーテルが使えるのか。なるほど、あの国がよこしてきただけのことはある。だが、苦痛の時間が長引くだけだ。どのみち、貴様は死ぬんだからな。」
金眼赤髪の少年が笑っている。
「私が死ぬとは限りませんよ。」
内心を押し隠し、シタンは虚勢を張った。
「ならば見せてもらおうか。貴様の実力を……有るのならな。」
シタンは再び仕掛けた……。
ガン!
バキ!
ドカドカドカ!
ガッ!
ドサッ!
「ぐふ……。」
シタンはよろよろと立ち上がった。再びエーテルを使う。
相手は自分から仕掛けてこない。勝者の余裕か。実際のところ実力にはかなりの差があり、戦局ははっきりしている。だからといって引き下がるわけにも行かない。
―――絶望的な戦い―――
素早さが上である分、第1撃こそ確実に相手に当てることが出来るが、効果が薄い。むしろ、カウンターで己が受けるダメージの方が遥かに大きい……。
現にシタンがボロボロであるのに対して、相手はピンピンしている。
ドス!
「げほっ。」
私の血も赤かったのか……。シタンは大地に両手をつき、己の吐いたものを見てぼんやりと思った。
時に冷酷非道と言われ、血も涙も無いと噂された私も、やはり一人のヒトに過ぎなかった。どうあがいても鬼神には勝つことが出来ないのだ。神の力を持つというこの少年に……。すでに本国には援軍を要請してある。しかし、3年程前に軍隊を一つ壊滅したこの少年を、本国は抹殺することが出来るのだろうか。それでも……。
ピカ!
立ち上がりエーテルを使う。
……考えている場合ではない。本国が彼を抹殺する可能性を少しでも高くするため、今ここで多少なりとも手傷を負わせる必要があるのだ。私の手で抹殺出来なくとも、そして、私の命がここで終わるとしても。戦いに明け暮れ、戦いに終わる。それが戦うことしか知らない私の運命ならば……私は戦う!
ガシン!
バキ!
ドカン!
「く……くそっ。」
少年が初めて見せた悔し気な表情。その表情から、他人に叩き臥せられたのが初めてである事が分かる。
「私を甘く見てはいけませんよ。」それを見て、シタンは少年を挑発する。
「おのれ!」
ガッ!
ドスッ!
バシ!
………
怒りは注意を疎かにし、そこに隙が生まれる。それが狙い目。
ガン!
ドカッ!
バキッ!
………
戦いは五分と五分。互いのダメージはほぼ同じ。
ドスッ!
が……。
「ぐ……。」シタンは膝を付き、そのまま前に倒れた。
……最初のダメージが大きすぎた!
もう動けない。エーテルも使い果たしてしまった。ここで……ここで終わるのか。
「終わりのようだな。」
少年は笑う。勝利を確信したのだ。
彼は、シタンの身体を足で蹴って仰向けにする。
そして、真っ二つ折れ、投げ捨てられていた刀の先端部分を拾い、静かに言った。
「………死ね。」
少年は振りかぶり、力一杯振り下ろす―――
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「あなた! あなた!」
身体が大きく揺す振られる―――
「……ユイ……?」
シタンは薄目を開けた。
「どうしたの? 酷くうなされていたけど。」
上半身を起し、両手で顔を覆う。彼女の視線を避けるようにして。
「……酷い……夢を見た。」
まだ動機が鳴り止まない。刺された胸の痛み、流した血の匂いが生々しく記憶に残っている。敗北の屈辱と死の絶望感と共に……。
「どんな夢?」
言ってしまえば楽になるわよ。ただの夢なんだから。彼女の言葉にはそんな含みがある。
しかし、シタンは答えなかった。
「少し風に当たってくる。」
空気が冷たい―――。
若草の香りを運ぶ風がシタンの頬をくすぐる。
――――この大地に――――
屍を晒すことになるのだろうか。
風は優しく包んでくれるのだろうか。
あの少年が真に目醒めれば私の命はない。
間違いなく夢の通りになるだろう。
今ならまだ間に合う。
記憶を無くし、動けぬ身体の少年の、命を取ること造作もなし。
“助けられなかった”
“全力を尽くしたのに”
この言葉で全ての片が付く。村人に対しても、また、天帝に対しても。
そして、滅び。
少年の生死に関わらず、ヒトの行き着くところは同じだ。それが少年の手によって成されるか、滅亡のプログラムに従って成されるかだけの違い。ならば少年を殺し、緩慢な滅びへの道を取る方が、人々の悲しみが少なくていい……。
……ちがう……。
違う!
シタンは首を振った。
ヒトが滅びると決め付けてはいけない。必ず道があるはずだ、生へと続く道が。
そのために私はここに来たのだ。ヒトの可能性を探るために。破壊と救済、どちらに転ぶか分からない少年を監視するために。
少年の成長、そして私の判断がヒトの運命を決める。早まってはいけない。不安に押し潰されてはならない。悪夢がなんだというのだ。ヒトは生き続ける。必ず……。
空が明るくなろうとしていた―――
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