TOPへ戻る 目次へ戻る ほんのちょっとした出来事(前編)

ほんのちょっとした出来事(後編)







するどい突きを繰り返しながら、アレンが再び間合いを詰めてくる。
「アレン君! お願い」何度名前を呼んでも、彼は返事をしない。彼はどうかしている。
もはやフェンシングどころではない。ならば
……一か八か。やってみるっきゃないわね。

思いっきり前に踏み込んで、アレンの突きをかわすと、振り向きざま、 シオンは回し蹴りでアレンの頭を狙った。

「うわ、モロに入りすぎちゃった。アレン君ゴメン!!」
シオンの蹴りは、見事にアレンの横っ面を捕らえていた。まるで空手の教科書のように。
弾みで外れ、空中に舞うアレンの面。 当然、アレンの身体も吹っ飛んだ。

「大丈夫? アレン君。正気に戻った?……もしかしてぇ、“別人”ってことはないわよね?」
左手で顔を抑え、頭を振りながら起き上がる仕草は、確かにアレンだった。

「どういうこと……? 何かの冗談なの?」
顔も身体も、ちゃんとアレンだった。
ただ、シオンのよく知っているアレンでは無かっただけで……。



落ち窪んだ目、光の無い瞳、生気の無い口。
―――ゴーレム―――



シオンの背中に、冷たいものが走った。

シオンはインターフォンのある場所まで走り、フロントを呼び出そうとした。
―――通じない。

「……どういうこと……?」
インターフォンの線が切れていた。
シオンは焦った。

にごった瞳のまま、アレンは剣を携え、シオンの方に一歩一歩近づいてくる。

シオンは、出入り口まで走った。
ドアノブが回らない!

外から鍵が掛かっている。
「開けて! 開けてよ!! ここを開けて!」
シオンは、どんどんとドアを叩き、叫ぶ。

アレンは、ゆっくりと、そして確実に、一歩一歩シオンに近づいてくる。
右手に剣を握ったまま……。





…… KOS−MOS!! ……

ケイオスは、何故かシオンの声を聞いたような気がした。

振り返ると、
「シオンが呼んでいます。シオンの身に危険が近づいています」
言葉だけを残し、KOS−MOSが動き出した。
「待って。僕も行くよ」





壁際に追い詰められたシオンの二の腕、太もも部分の胴着は一部破れ、そこから血がにじんでいた。 白い衣装に紅い薔薇、皮肉なくらいの美しいコントラスト。
もう、シオンは動けなかった。
アレンの剣先を払いのけるだけの体力も残っていなかった。
「もう、だめ」
そう目を閉じた瞬間―――

……流されるな。流されるなアレン。自分をしっかり保つんだ。 流されてはいけない。保つんだ……

―――剣が落ちた音と同時に、アレンの言葉を聞いたような気がした。

目を開けると、シオンはアレンに力強く抱きしめられていた。
か細いアレンの声が耳元に聞こえる。
「……すいません……主任。……今は、僕に出来ることは、これが精一杯なんです。 今、僕の……両腕……自由にしたら、……僕、きっと主任を……この手で……突き殺してしまう……。 僕は……僕が止められ……ない。だから……いまは……許して……くださ……い」





――― 敵確認 今から殲滅(せんめつ)します ―――
フェンシング場の入り口のドアが吹き飛んだ。

KOS−MOS!!

入り口の向こう側で構えたKOS−MOSの銃口は、明らかにアレンの頭部を狙っている。 バージル中尉を撃ち抜いた時と同じように、何の躊躇も無くアレンのことを撃つのだろう。
「やめて! KOS−MOS。アレン君を撃たないで。これは命令よ!」
「ですが、開発責任者シオン・ウヅキの保護が私の最優先事項です。 この場合、危害を加える恐れのあるアレン・リッジリーは排除する対象となります」

「アレン君を撃つ必要はないと思うよ。KOS−MOS。彼をよく見てごらん」
彼独特の間で、ケイオスはKOS−MOSを止めた。
ケイオスは、KOS−MOSの銃身を軽く押さえ、アレンに合わせていた照準を外させた。

―――動かない
ケイオスに握られ、ずらされた銃口は、KOS−MOSの力を持ってしても、元に戻せなかった。
「アレン君は気を失っているよ。おそらく、彼の精神の全てを使い果たしたんだろうね」

シオンに寄りかかるようにして、アレンは本当に気を失っていた。その胸にシオンを抱きしめたまま……







――― デュランダル ―――

「アレン君! アレン君、入れてってば。全部かすり傷だから、 もう何ともないから。気にしないでって!」
シオンは男性用キャビンの扉の前に立っていた。
「主任が気にしないと言っても、僕は、僕が許せません! 主任に会わせる顔がありません」
アレンは、頭から布団を被っている。

「じゃ、僕が開けようか?」ケイオスが腰を上げかけると……
アレンが、布団から手を伸ばして、半分涙目でケイオスを引きとめた。瞳うるうる度全開!!
「ケイオス君。お願いだから、開けないで下さいよぅ」
「でも……」





そんな喧騒(けんそう)をよそに、ブリッジでは……

「ガイナン、アレンの診察の結果は出たのか?」
ブリッジに姿を現したガイナンに対し、Jr.が聞いた

「ああ。血液検査から面白い結果がな……。見てみろ。Jr.」
ポイッと投げられた紙片をJr.は受け取った。

「見覚えのある成分分布だろ」
ガイナンの言葉に、今までに無く低く平坦な声で答えるJr.
「……ああ、忘れもしない。こいつは、まぎれも無く“Mud Doll”(泥人形)だ。 これの製造拠点は、オレたちが全部ぶっ潰したはずだ。まだ残っていたのか?」
Jr.の肩が心なしか震えて見える。

「……別名“ゴーレム”。色々とやらかすヤツラが、使い捨てにする手駒によく与えてたシロモノだ。 これが血中に入ると誰彼構わず必ずキラーマシーンと化し、効果が続く限り周囲の者を全て破壊し続ける。 名前と、その効果を引っ掛けて、 “Mad Doll”(イカレた人形)なんて呼んでいた人間もいたな」
ガイナンがため息をついた。
14年前の記憶―――

……俺のせいだ……
Jr.は目を瞑り、一瞬苦々しい表情を浮かべた。辛い、記憶。この手で撃ち殺した大勢の同胞たち。
「“狂った人形” ……確かにその名の通りだな。“あの時”、お前とオレがこの手で全て破壊し、 そして、秘密裏に回収されていた暴走U.R.T.V.の体内から発見・抽出・精製された物質。 これを科学的に再合成したのが、“泥人形”だ。あの時、オレ達以外のU.RT.V.はみんな狂っていた……」

ここまで言って、ふとJr.は思った。
「ガイナン。……これ、さっき検査した結果だよな? まだ、これだけはっきり分析できるほど、血中に残ってるってことは、 シオンを襲った時は、アレンの中に相当量の“泥人形”がいたってことだよな?」
「ああ、そうだ。狂って当然の量だと思う。瞬間でも、正気に戻ることはありえない」

Jr.は考え込んだ。
「……ケイオス達が飛び込んだときには、アレンはすでに自分の意思で剣を捨てていたと言ってたぜ」
「普通では、考えられないことだ」
“あの時”、一時的でも正気に戻ったU.R.T.V.が一人でもいれば、残らず撃ち殺すこともなかったのに。



「私よりずっと、アレン君の方が心配なんだから、入れてよーーっ」
「ダメです。僕は主任に絶対に会えません!」
キャビン前では、相変わらずの押し問答。



「……あいつ、実はすごいんだな」
「本人は、全くそうは思っていないようだが」



「ねぇ、ったら、ねぇ!」
「ダメです!」
キャビン内で相変わらず布団を頭っからすっぽり被ってるアレン。
「あれだけ心配しているんだからさ、入れてあげようよ」
「ケイオス君が言っても、ダメなものはダメ」

いい年こいて、枕抱えるなよな……アレン。














「……どうやら、君の企みは失敗したようだね」
返事をしない紅い影。
みじろぎもせず、ただ、モニターを見ている。
「シオンを守るという理由を作るためにアレンに彼女を襲わせ、 KOS−MOSにその彼を排除させようとするとはね。 彼が死ねば、最後の心の支えを失った彼女は、 確かにKOS−MOSにのめり込んでいくだろうね。いい作戦だったよ」

「でもね。君がこの企みを思いついた、真の動機の名前を教えてあげようか?」
ヴィルヘルムは楽しそうに言った。


「嫉妬って言うんだよ」

あとがき:
アレンくんの良さって、悲しいくらいの自己分析と自制心だと思うんです。私。
コレは、私が寝てて夢で見たお話を作り直した話だったりします。 実は、夢の中でのスポーツはテコ○ドーみたいなもんだったのです。 でもこの種目では、アレン君に何をどうドーピン○しても、シオンに勝てそうも無い(爆)。 ということで、シオンもあまりやったことのなさそうなフェンシングに変えました。
こーゆー夢見ると、すっごく疲れる(苦笑)。
あー、後半の赤黒の台詞、すっごく説明くさい……。orz
尚、テキトーにでっち挙げた(こんな設定ありません;笑)薬剤の名前、「ゴーレム」にするか 「泥人形」にするか「狂った(イカレた)人形」にするか、散々迷って、 全部つけちゃいました(爆)。だって、 EP1にたっくさん出てきたU.R.T.V.たち、全部お人形さんに見えたんだもん(笑)。

あ、そうそう、文中に入れ忘れた(爆)けれど、実はアレンの飲み物に薬剤が入ってたんですよー