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カゲロウ[蜉蝣] (3)



(あれぇ? どうして、こんなところに出ちゃったのかな?)

翌々日、またもや“見えた”赤い影を思わず追いかけてしまい迷子になった挙句、 最上階のある部屋の前を通りかかったアトリ。
(ここは確か……ヴィルヘルム様の執務室のはず)アトリのデータベースが 彼女自身にそう告げた。

部屋の中から話し声が聞こえる。

「……彼女は、バックアップで保存していたコアモジュールを基に、 ほぼ例の物を完成させました。」
「ほぼ、という言い方が君らしくないね。具体的には何%くらいなんだい?」
そのつもりは無くても、つい観測してしまう機器の悲しき性能。……習性か?
「はい。ハード部分が98%。ソフト…メンタル部分が85%ほどと思われます。」

(よく聞き取れない……)さらにセンサーの感度を上げてしまうアトリ。

「85%……それは遅いね。もう、あれから2年近くが経過しているよ。 君が作ったバックアップのコアを基に作っているのなら、メンタル部分 も98%になっているはずではないのかい?」

(やっと聞こえたわ)

「それは、彼女…シオンがメンタル部分のかなりの部分を、最初から 作り直しているのが原因です。」
「なるほど……。彼女にとって君の“死”はそれだけの重みを……。」

(死って何? 何を言ってるの?)

「!!」
(あれ? 部屋の中の生体反応が1つ消えた。2つあったと思ったのに。)

「誰か、そこにいるのかい?」扉がいきなり開いた。
不意の出来事に息を呑んだアトリは、扉から出てきたヴィルヘルムと ばったり会ってしまった。
(え? 今ここにいるのはヴィルヘルム様一人だけ?)

ヴィルヘルムの背後には誰もいない。アトリのセンサーにも生体反応が全くない。
「す、すいません!!」
アトリはペコリ頭を下げると、パタパタと足音を残して、足早にその場から立ち去った。

(やっぱり、調子が悪いのは私自身みたい。誰かセンサーだけでも直して欲しいなぁ。)
(……でも今、確か、シオンって言っていなかったかしら?)

(シオンって、この間会ったあの人のことなのかな?)





「……どうやら、彼女に観測されていたようだね。僕たちの話を。」ヴィルヘルムは クスリと笑った。
「ヴィルヘルム様、どういたしましょうか?」そのヴィルヘルムの背後に現れた赤い影。
パタンと、ヴィルヘルムは執務室の扉を閉めた。

「けれども、あの慌てぶりでは“彼ら”の手のものではなさそうだよ。 面白いじゃないか。しばらく様子を見ようよ。」
「よろしいのですね。」
ヴィルヘルムはフフフと笑う。

「確か、彼女達の基礎部分は、元々“君達”が組み立てたものだったね。 “プロトタイプ”の感情プログラムには具体的なモデルがあり、あの狂人が 作りあげたとしても、“量産型”の彼女達には汎用型の感情プログラムしか 積み込まれていないはずだね。」
「はい。」その問いに、赤い影がうなづく。
「では、大体の行動の予測も君にはできるはずだね。“彼女”はどうするかな?」執務室の 机に右手を置き、どこか気だるそうに、けれど楽しそうに寄りかかる。

「“彼女達”は自分の意思で何かを調べるようなことは出来ません。誰かが 命令しない限りは。その様に設計しております。あのプロトタイプの様に 人に限りなく近い感情は、汎用型感情プログラムの上に“オプション”として 追加される仕様としています。」
「そのあたりは、通常のレアリエンと変わらないんだね。百式観測機といえども。」
「そうです。」
「ならば、いかにでもやりようはあるね。」
ヴィルヘルムは羅針盤に視線を投げかけた。どこか遠くを見るような瞳で。

「――あの個体の識別番号は、当然のことながら、君には分かるはずだね?」
「はい。記憶層のログを検索すれば―――――。」

執務室では羅針盤が輝きを放っている……。





現在地さえ分かればこっちのもの。

アトリはデータベース内にある、曙光のマップのデータを呼び出し、それを たどって持ち場に帰ってきた。
一方、休憩を終えて持ち場にいるキャロルは、珍しくせっせと書き物を している……アトリについての報告書でも書いているのだろうか? たしかに 溜め込んでいて、上司に経過報告の提出をせかさせていたようだが。
アトリが背後からのぞいて見ると、何か違う。書いているのは、普通の キャンパスノートだ。それも、全面に何度も書き直し、推敲した後が見て取れる。

「……キャロルさん。今書いているこのノートは何ですか? いつもの報告書とは 違いますよ。」アトリは思わず後ろから聞いてみた。

「え? あ? ……あ、アトリ?」不意をつかれ、キャロルはおそるおそる背後を 振り返った。そのおっかなびっくりの姿が妙におかしくって、 アトリは声を立ててクスクス笑った。
「笑わないでよー。ビックリしたじゃないの。」キャロルは大きなため息を一つ。 そんなにビクビクするのならば、仕事中に“おサボり”なんかしなきゃいいのに……。

「あ、このノートね。ヒ、ミ、ツ。ふふ。」キャロルの屈託の無い笑い方に、何か おもしろそうなことが書いてありそうだと思ったアトリ。すっかりキャロル色に 染まってしまっている。……いいのだろうか? それで。
「それじゃだめ。教えてくださいよ。何か気になるじゃないですか。 気になって仕事になりませんよ。」
「分かったわ、それじゃ教えてあげる。絶対ヒミツよ。ヒ、ミ、ツ。」

パラッ。キャロルはノートを開いてアトリに見せた。各ページ各ページに文字が びっしりと詰まってる。

「これね、実は私のアイデアノートなの。みんなには内緒だけど、実は子供向けの作家に なりたくてね、色々と書き溜めているのよ。アイデアノートだから、ほとんどは 断片しか書いていないけどね。……せっかくだから、お気に入りの話を一つだけ 教えてあげるわね。“伝説”というタイトルにするつもりなの。聞いてくれる?」
うん、アトリはうなづいた。座って座って、とせかされアトリが席に着くと、 キャロルはコホンと軽く咳払いをした。

「……昔、ある星雲にヒトとカミが仲良く暮らしている星があった。」
パラパラとページをめくった後、キャロルはおごそかに読み上げる。

「そこでは、悩みや苦しみ、そして悲しみというものが全く無かった。
ヒトは何か困ったことや分からないことがあると、いつもカミに相談していた。
カミは常にヒトのそばにいて、ヒトを暖かく見守りその言葉に耳を傾けていた。
カミに問えば、カミは何でも教えてくれた……世界の成り立ちから、その世界に 存在する森羅万象の全てを。
万物に存在する誰も知らない秘密すらも。

ヒトはカミの知識を、まるで砂が水を吸い込むように貪欲に吸収していった。
いつしか、カミのように世界の一部を操り、自分達にとって必要なものを 作り出せるヒトも出現しはじめた。
けれども、カミとヒトのそんな幸せな関係は長く続くはずもなかった。
段々、ヒトは驕(おご)り高ぶるようになっていく ――“我々はカミと同じ存在である”――と。
あるとき、カミは知ってしまった、ヒトの心の奥底に秘めた思いを。
――我々こそがカミだ。この星に他のカミはいらない――」

キャロルは眉をひそめ、続ける。読み上げる声は小さく、 他の人には仕事の話をしているようにしか見えない。

「カミは去った――。
ヒト、一人一人にふさわしいモノを残して。
あるものには悲しみを、またあるものには苦しみを、喜び、希望、絶望、 ありとあらゆるモノを残して。
ヒトはカミに捨て去られて、初めて自分達の愚かさを知った。
もう、カミはここにはいない―――。

ヒトビトは必死になってカミの姿を捜した。
かつてのカミの住家、名を呼ぶと必ず姿を現した場所。
かつて姿を現したとされるあらゆる場所、それも世界の隅々にいたるまで。
それでも、カミはどこにもいなかった――。

ここに至ってヒトはやっとカミに捨て去られと気づいた。
そして絶望したヒトビトは、カミを称えることで、 かつての時代をしのぶようになった――。
いつかきっとカミは戻ってくる――あの幸せな日々がもう一度来る、と。
一縷の望みを託して――。
いつかきっと――」

「……悲しいお話ですね。」
「ええ。色々な星に伝わる伝説をつなぎ合わせて、アレンジしたものだけどね。 まだアウトラインだけだけど、そのうちにキチンとした話にするわよ。」
「一つ聞いてもいいですか?」
「いいわよ、アトリ。何でもどうぞ。」
「カミはどこに行ったんですか? 今もどこかに隠れているんですか?」

「いい質問ね。」キャロルは嬉しそうにウィンクした。
「神さまは初めから隠れてなんていないわよ。今でも、ちゃんとヒトのそばにいて、 ヒトの嘆きに耳を傾けているわ。でも、ヒトにはカミを見つけることができないの。」

「どうして? どうして見つけることができないの? ヒトのそばにいるなら分かるはず。 ヒトはカミを探しているんでしょう?」
キャロルは、アトリのまっすぐな瞳に、ちょっと困ったような顔をした。 これはまだ頭の中だけで、ノートには書いていないんだけど、と前置きして言う。

「そうね。……実はね、神さまは待っているのよ。全てのヒトが自分が犯した過ちに 気づき、心改める日を。その日が来たら、神さまは封印を解いて喜んで姿を現すわ。 だって、私のお話の神さまは、ヒトのことがとても大好きなんだもの。」
「――封印? 封印て何ですか?」アトリの瞳がくるりとまわった。

「実はこのお話の神さまはね、全てのヒトを世界ごと閉じ込めちゃったの。 “カミの想い出の中”にね。だから、どこを捜しても神さまはいなかったのよ。 そこはカミの想い出の中なんだから。始まりも無く、終わりも無い、 永遠に繰り返される世界。未来永劫、一寸たりとも違わぬ世界、 誕生も死すらも偽りの永遠の理想郷。それが良かったのかどうか、 私には分からないけど……。」
「分からないけどって、キャロルさんが書いた話でしょう? 自分で話を 変えればいいじゃないんですか?」
「うん、……そうよね。でも、なんだか話を変える気になれなくてね。 ……だから、いつまでもアイデアのレベルから出ないんじゃない。」キャロルは笑った。
「それって、なんだか、かなりいいかげんですよ。それで作家になるなんて、本当に 大丈夫なんですか?」アトリも笑って言った。

キャロルは手を首の後ろに組んで、椅子にもたれかかった。
「そうなのよねー。実際のとこ、色々と書いてアチコチに送っているけど、 なっかなか引っかかってくれなくってねぇ。アトリ、ついでだから 聞いてくれる? この投稿の悲喜こもごもをさぁ。」

それから延々一時間、仕事とは全く関係ない話が続くのであった……。 さっさと仕事しろよ!

(永遠に繰り返される世界、か。)
(そんな世界、あるわけないわよね。)

あとがき:
(あれぇ? どうして、こんなところに出ちゃったのかな?)
まるでアトリな気分です。どうしてこんなに長くなるのでしょう。(^_^;)
この話を書こうと思ったキッカケの挿入話「伝説」には、 やっとたどりついたんですけどねー。 ようやく、ここまで書けたかぁという感じです。
次? 次はいつUPできるのだろう? そのうちヴィルヘルムの夢に うなされるんじゃないかと、内心ヒヤヒヤしてます(笑)。

んで、おサボリの話は半分実話(爆)。聞かれたのは私じゃなくって友人(笑)。 で、聞いたのが私。ただ、仕事中じゃなくって休憩中でしたけどねー。(^_^;)

ここまでで13000文字に少し足りないくらい、長すぎ。 400字詰め原稿用紙で、だいたい33枚かよー。(^^ゞ
けど、WEBだと、まだたった3ページ。……報われないなぁ(ため息)。