あれから4年。
研究は着実に進んでいた。
始めは小さな生き物だった……。
私は、その脳髄と神経組織を取り出し、機械に組み込んだ。
それが最初の試作機だった。
抜け殻の瞳が……もう光を映すことの無い瞳が私を責めているように、私には見えた。
望まなかったのにも関わらず、実験は成功。
その小さき生き物は、試作機の中で生き続けたのだ。無残に引き裂かれたままで。
それは異様な姿だった。
手とも足とも言えない触手を器用に使って、私の目の前で動き回っていた。まだ生きているぞ、とでも言うように。
――仮に口があったら何と言ったのだろうか。
試作機はソラリスの科学者に持っていかれてしまった。様々な実験が行われた後、おそらくバラバラに分解されてしまったのだろう。
私の手元に残ったのは、脳髄を抜き取られた抜け殻だけ。
“抜け殻”という意味では私も同じなのかもしれない。
科学者としての自信も誇りも、そして信条も、みな失ってしまった。残っているのは妻のクラウディアと娘のマリア。
彼女達のためだけに私は生きている。しかし……。
「あなた。」
「あなた!!」
「えっ?」
「どうしたの? ぼーっとして。」クラウディアがニコラの顔を覗き込んだ。
「いや、何でもないんだ。」ニコラは微かに首を振った。
「何でもないって顔じゃないわよ。」
「いや、本当に何でもないんだ。」
「本当に? 何でもないの? 最近、あまり眠っていないみたいだし、寝たと思えばうなされてばかりいるし。一人で悩みを抱え込まないで、私に話して!」
「うるさいなっ。本当に何でもないんだっ!」
バシッ!
「あなた……?」
クラウディアが頬を押さえ、驚いたように問い掛けた。彼女の左頬はわずかに赤くなっていた。未だかつて無かったこと。ニコラは我に返って、妻を両手で抱きしめた。
「すまない……こんなことをするつもりじゃなかったんだ。」
「どうしたの? 教えて。」
ニコラの身体がわずかに震えていた。
「恐ろしいんだ……。」
「恐ろしい?」
ニコラがどんな研究をさせられているかは、クラウディアもよく知っている。そのために自分たちはここに閉じ込められているのだ。人質として。
研究も着実に成果を上げていることも知っている。と、すると……。
「研究は最終段階に差し掛かっている。そのうち、ヒトの身体にメスを入れることになるだろう。」
ヒトの身体にメスを入れる……とうとう、ヒトを機械に組み込む段階に来てしまったのか。ニコラにとって、それはどんなにか辛いことだろう。クラウディアは心を痛めた。
「でも……あなたじゃなくても、きっと別の誰かがやらされていたわ。」
気休めにも、慰めにもならないことは分かっている。が、彼女は言わずにはいられなかった。
「本当に恐ろしいのは自分さ。だんだん、何をしても、どんなむごい実験をしても、何の良心の呵責も感じなくなっている自分が、一番恐ろしいんだ。」
そういえば、ここに来たばかりの頃は、部屋に戻ってきては、げぇっげぇっと、よく吐き戻していた。食べ物は、ほとんど喉を通らない様だった。しばらくすると、徐々にその回数は減っていった。
しかし、その代わりなのかは分からないが、最近はうなされている回数が増えてきた。それでも、何も感じなくなってきたとこの人は言う。このままでは、この人の心は壊れてしまう……。
「あなた、今日はもう寝ましょう。」
とりあえず、こう言うのが精一杯のクラウディアであった。