「いい加減、我々に協力したらどうだ?」
「断る。」ニコラは頑として、首を縦に振らなかった。
取調室の様な小さな部屋。
彼は毎日ここに連れてこられ、朝から晩まで、うんざりするほど同じ内容のやり取りを繰り返していた。
「我々としても、貴方の様な天才科学者に手荒な真似をしたくは、ない。しかし、貴方がこのまま非協力的な態度をし続けるようなら、我々も考えなければならないが。」
「ソラリスに協力するつもりなどない。」
ニコラの頑なな姿勢に、高圧的だった男の態度が一変した。
「……貴方にも妻子がいるんだろう? 子供はまだ1歳になったばかりなんだってな。最近、歩けるようになったと聞いたよ。」
「私の家族に何をした!」ニコラの顔色が変わった。
「何もしてやいないさ。まだ、な。」男は肩をすくめた。
「ここに来てもう半年になる。そろそろ家族にも会いたいだろうと思ってな。」
男は懐柔するように言った後、壁のスイッチを入れた。
スクリーンに映し出されたのは、ぐずっているマリアと、マリアをあやしているクラウディアの姿。
部屋の感じからして、ソラリスの一室の様であった。
「……彼女たちも拉致したのか?」ようやく、ニコラが口を開いた。
「“拉致”とは人聞きの悪い。ここまで“御足労願った”だけだ。今日は家族と水入らずで過ごすといい。そして、これからどうするかをゆっくり考えるんだな。」
パタン
「あなた……。」
二人は半年ぶりの再会に抱き合った。
「すまない。お前とマリアまで巻き込んでしまった。」
「いいのよ。こうやってあなたと会えたし。」
「しかし……。」
「もう何も言わないで……。」
ぐいっぐいっ
「ん?」
マリアが構って欲しいとスカートの裾を引っ張った。
クラウディアはマリアを抱き上げた。
「ほら、パパよ。」
「ばぶばぶ。」マリアは上機嫌である。
「やっぱり分かるみたいね。」
「そうだね……。」ニコラはまだ、浮かない顔をしている。
「どうしたの?」
はぁ
ニコラは大きなため息をつくと、大きめのソファーに腰を下ろし頭を抱えこんだ。
「……どうしたもこうしたも、私一人ならどうなっても構わないが、お前達を巻き込んでしまったとなると……やはり要求を飲むしかないのか。いや、そんなことは出来ない……。」ニコラはかぶりを振る。
クラウディアは、マリアを抱いたままニコラの隣にそっと座った。
「要求って何なの?」
「人間を組み込んだギアを作れ。それは非人道的な研究さ……。」
クラウディアの問いに、吐き捨てるように答えるニコラだった。
「我々に協力する気になったか?」
「……。」口を閉ざすニコラ。
「どうなんだ?」男が畳み掛ける。
ニコラは静かに首を横に振る。
「できない。技術的には不可能だ。」
「ほう……なるほど。」
男は、ニコラの態度の変化に感心した風であった。
「家族は大切ってことですか。しかし、貴方のギアに関する論文には、ギアの限界を超える手法として書いてあったばずですがね。」
「あれは、例として挙げただけだ。あくまでモデルケースに過ぎない。それと技術的な話は全く違う!」
妻子を人質に取られているため、面と向かって拒否のできないニコラは、技術論で抵抗するしかなかった。
しかし、そんなニコラの意図は、完全に読まれてしまっているようであった。
「我々としては、そこを研究して欲しいんですがね。それに、貴方は既に、人の神経細胞と機械とを繋げることに成功しているじゃありませんか。」
「………。」
「奥さんの左腕。あれはよく出来ていますね。意志の力で動く機械、あれは大した代物だ。」
「……調べたのか。」
「ええ、もちろん。本来なら、バラバラに分解して詳しく調査したいほどですけれどね。貴方の家族ということで、我々もそこまでは遠慮しましたよ。」
「あれは、本人の神経組織があったからこそ出来たことなんだ。だが、脳そのものを機械に直結することは出来ない。まして、ギアの大きさほどの神経組織など、この世に存在するはずない!」
ニコラは、自分の不利を悟りつつも技術論で抵抗し続ける。
「……それが、“ある”とすればどうします?」
彼の言い分を聞いていた男がニヤリと笑った。
そんなバカな、ニコラは耳を疑った。どれほど巨大な生物でも、ギアほどの巨大なものはないはずである。生物を人工的に巨大化するには限界がある。循環器など生きるための全ての組織が、その生命を支えきれないからだ。人間の様な複雑な生物なら、なおのこと。その大きさ故に……。
「まず、これを見て下さい。」
ぱちん
スクリーンのスイッチが入れられた。
液体に漬けられた肉塊が映る。
「これが何か分かりますよね。」
「……ヒトの中枢神経の様に見えるが……。」ニコラの歯切れが悪い。
「その通り。ただし、これが“普通の大きさ”ならばの話ですが。“普通の”ものはこちらです。」
言われて肉塊の手前をよく見ると、小さな人が立っていた。いや、肉塊が巨大だったのだ。
画面は、その人物の手元を徐々にアップにする。その手にも、似たような肉塊の詰められたガラス容器があった。
「お分かりですか?」
「………。」ニコラは言葉を失った。
「我々の調べた限りでは、大きさこそ違えど、その特性はほぼ同じです。ここだけの話、“元は同じ”なので、そう違いがあるはずがないのですがね。」
ニコラは、信じられないという風に首を振った。
「いったい、これは何なのだ?」
「人型特殊変異体“ウェルス”。まだまだ改良の余地がありますが……この話はいずれするとして、理論的は可能なはずです。……貴方にやる気さえあれば。」
男の眼がじっとニコラを見つめる。眼と眼がぶつかった。耐えられずに眼を逸らすニコラ。
「これだけの材料があれば、やって頂けますよね。」
男の表情は変わらない。
科学者としての信念か、それとも人としての心情か。
妻子を人質に取られている以上、答えなど端(はな)から決まっている。
「我々に協力して頂けますね。」
それでも答えを望むのか!
「頂けますね。」
「……分かった。」ニコラは絞り出すように答えた。
「それでこそ偉大な科学者だ。では、今後の予定を………。」
ニコラは心を閉じた。その後の言葉は、ニコラに届く事なく全て滑り落ちていった。