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吸血鬼

アルベド誕生



U.R.T.V. No.667 ―――アルベド―――
“処刑人”の手にかかり、彼は消滅しかかっていた。

―――が、彼は死ななかった。
“不死身”だったからではない。
“処刑人”は、667でさえも消し去る能力を十分備えていた。
その隠し持っていた“能力”の全てを、“処刑人”は制限せず667に浴びせた。 傷つき眠る666のために―――

―――667は落ちた―――

――地の底に。

――そこで出逢ったのは――



“く、ううう――――”
“お、お前は――誰だ――――”
“――――!?”
“お前は―――― サクラ・ミズラヒ!?”
“え――――?”

“なぜ、お前が生きている?”
“今度こそ――”
“今度こそ―― 殺してやるっ。”

“きゃああっ!”
“(息が――――)”

“お前が――”
“お前が、いるから――”
“ごほっ、ごほごほっ――――”
“(腕の力が――ゆるんだ――)”

“あの――――”
“大丈夫――――”
“さ、触るなよ――――”
“お前なんかに、お前なんかに――”
“(この人、間違えてる――――)”
“(私を―――― 私たちの生体モデル、サクラ・ミズラヒと――――)”

“あなた――”
“代謝反応が低下してる。 ――――休まないと。”
“よせ、僕に――触るな――”

“そんなつもりじゃない――”
“僕はあの時、そんなつもりじゃなかった――んだ――!”
“なんでお前、死んじまったんだよぉ――”
“ルベドのために――――”
“お前は死んじゃダメだったんだよおお――”

“――――”
“あの――――”
“う、ううううう――――”
“泣かないで、アルベド――――”

“私は、生きてる――”
“私は、ここにいるから――――”

“――――生きてる、のか?”
“生きていてくれた、のか?”

“ええ、だから――――”
“いまは眠って、アルベド――――”

“う、ううう――――”
“――――”
“――――”

“(いまだけは――――)”
“(この子にとって、私は必要な存在となってるのかもしれない――――)”
“(たとえ代用品だとしても)”



―― 白い天使だった。







処分された兵器と、創造主に置き去られたマリオネット。

―――永き眠り。凍てついた時間。
彼もまた、深く傷ついていた。

ビィーー!!
彼の目覚めを知らせる、アラームが鳴る。
「ゆっくり眠れた?」
「うん……。」浮かぬ顔のアルベド。虚脱感―――高揚感の後に来るもの。 彼は、まるで抜け殻だった。

アルベドは、ふと顔を上げ、しげしげと目の前にいるキルシュヴァッサーを、見つめた。
「お前……。お前、サクラによく似ているけど、サクラじゃないね。お前は、誰?」

“ビクッ”
気づかれている! 彼は、彼は私に何と言うのだろう…… キルシュヴァッサーは、かすかに震えた。

「大丈夫。もう何もしないよ。あの時は、ごめん。」―――暗い顔。
全てを失ったものだけが持つ、空っぽの顔。

「お前、名前は?」
今は正直に言うしかない、キルシュは思った。
「私はキルシュヴァッサー097。サクラ・ミズラヒを生体モデルにしたレアリエン。」
「レアリエン……。」にぶく戸惑い色をした瞳が彷徨う。
「ネピリムの歌声を、天の車まで運ぶのが私の役目……だった。」
「……だった?」アルベドが聞き返す。

「もう役目は終わったの。後は、時が来るまで、この天の車を管理している。 アビスの底に引き込まれないように。」
「アビスの底?」
「ミルチアが消滅した場所。何もかもが終わった。ゾハルに呼ばれるように、 グノーシスが現れ、全てが滅んでしまった。天の車は、何も無いこの空間に、ただ漂っているだけ。 私はそう命令されているから。」
「……ミルチアが消滅。……あ……。ルベド。ルベドは? ルベドも消滅してしまったのか?」
アルベドは、急に正気を取り戻したようだ。彼の瞳に生気が宿りつつある。

「あの時、あなたと一緒にいた人? 機動兵器が回収していった。それからどこに行ったかは知らない。 ここに、あなただけが倒れていたの。」
キルシュは、ただ首を横に振るだけだった。

「じゃあ、ルベドは生きている。」
「おそらくは、きっと。」





時は過ぎていく―――。

アルベドは、キルシュと一緒にいた。天の車に。生きる目的もなく。
ただ、キルシュの傍にいた。
行く先も無い彼には、それが一番楽だったから。
キルシュは、ひたすらに優しかった。愛を知らぬ子が、他人に愛を求めるように……。

彼はキルシュについて回り、あらゆる部屋に入り、キルシュに教えられて天の車のあらゆるシステム領域にアクセスした。 ただ一箇所を除いて。以前、アルベドが入ろうとした時、キルシュに“お願いだから…”と、止められていた。
時間はたっぷりあった。彼には行くべき未来がないのだ。あるのは、“今”のみ。 だから、時間をかけて、彼は思いつく限りの全てを調べつくした。 天の車が何なのか、そこで何が行われていたのか。あの時、何が起きていたのかすらも、アルベドは理解した。
けれども、彼には、もうそんなことはどうでも良くなっていた。

彼が知りたかったのは、ただ一つ。ゾハル――ウ・ドゥのこと。 そこで、彼はキルシュヴァッサーと、あるレアリエンの開発についての記録を目にする。―――M.O.M.O.―――研究者が残したY資料を内に秘めたる者。

「何だ? これは。」アルベドはキルシュに問うた。
「私たちの完成体。それ以上は私も知らない。」キルシュは首を振った。
キルシュは気がついていた。彼がウ・ドゥを求める理由。滅びぬ身体を持つ彼が、最も渇望しているもの。 ウ・ドゥはきっと与えてくれる……と、彼が信じていることを。

「M.O.M.O.か。その場所はどこにある?」
「知らない。」キルシュは答えようとしない。
「お前が知らないわけがない。お前が……お前達が生まれた部屋だ。」
無言のまま、うつむくキルシュ。そんなキルシュを見つめつつ、ふとアルベドは気がついた。 あの部屋だ。以前、彼女が嫌がった部屋。

「お願い。行かないで。あの部屋にだけは行かないで。」
アルベドの背中に、キルシュの悲鳴が響く。

―――長いこと封印されていた部屋――――
“ううっ”
アルベドは思わず目をそむけた。同じ顔をしたキルシュヴァッサーの残骸。

「これが私なの。あなたには見て欲しくなかった。」
「ああ、悪かった。」アルベドは肩を落とした。





寿命―――――誰もがその運命に逆らえないもの。

突然、キルシュが倒れた。

「どうした? おい、おい!! 目を開けろ。目を開けてくれ!!」アルベドが抱え上げ、 何度も彼女に呼びかける。……応答がない。

「いやだいやだいやだ! もう何も失いたくないんだ。目を、目を開けてくれ! そうだ。リアクター。お前はレアリエンだ。」
アルベドは、キルシュヴァッサー097の身体をリアクターに押し込んだ。



………………………………………
………………………………………
………………………………………
………………………………………

…………循環器系統動作不良
…………神経伝達系統機能停止
…………OSが応答しません
…………OSリブートを開始します [Y]

………………………………………
………………………………………

…………OSリブート……失敗しました
…………リカバリーを実行しますか? [Y/N]



アルベドは、Nを押した。



…………リカバリーはキャンセルされました

………………………………………
………………………………………
…………レアリエン生体 生命活動率10%
…………生体部品劣化 生命活動を維持できません
…………レアリエン生体 残り稼働時間 約500
…………生体部品を交換してください

続いて、部品劣化のため動作不良を起こしている「要交換とされる部品」の一覧が、 レアリエンの生体図と共にズラズラとモニター全面に表示される。



「ちくしょう!」
アルベドは拳を強く握り締め、そのまま拳を隣のリアクターに叩きつけた。

ガチャン!

アルベドの余りある“能力”がリアクターのガラスを破壊した。 割れたガラスの間から、中にある「非常用」として配備されていた 戦闘用レアリエンの、身体が見えた。

「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」
何度も何度も、そのリアクターに拳と共に“力”を叩きつける。
気がつけば、リアクターを粉々にしただけでなく、 中の戦闘用レアリエンの身体を破壊しつくしていた。 アルベドの身体中に、 レアリエンの体液が飛沫(しぶき)としてこびりつき、手の中には、 バラバラにされたレアリエンの生体部品である臓器の一部が、握られていた。

「もしかしたら使えるかもしれない。どのみちこのまま死んでしまうのなら。」
アルベドは、097のリアクターを開け、リアクターの機能を生命機能維持モードのままし、 097の胸を素手でえぐった。痛みがあったのか、一瞬だけピクリと動く097の身体。 レアリエンを解体した時の、微かだが独特の匂いが広がる。

「ちくしょう! 全然違うじゃないか!」

キルシュヴァッサーは全て“完成版M.O.M.O.”のための試作品であり、 しかもM.O.M.O.と同様に幼体偽装を施されていたため、 通常の汎用型戦闘用レアリエンとはほとんどの部品が全く異なっていた。 つまり汎用型のものと部品の共有化というものが、開発の時点から全く図られていなかったのである。
幼体偽装……つまり“小型化”のため、全ての部品が再設計・再開発されていた。 そして、キルシュヴァッサー自体が開発品であったため、開発された生体部品全てにおいて、 使用される素材自体の「耐久性」「強度」「長期安定稼動」などはあまり考慮されていなかった。
キルシュヴァッサーは作り出されたときから、「その場限りの命」を運命付けられていたのである。 短い命を削りながら生きていく存在……それはまるで、ろうそくの炎の様であった。

アルベドは、戦闘用レアリエンの臓器を床にたたきつけ、何度も何度も足で踏みつけた。
脚も身体も、レアリエンの体液でべっとりと染まった……



「くっ! くっくっく……。うわっはっはっ。ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ……。そうだ! 僕は狂ってるんだ! ひゃっひゃっひゃっ ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ…………。」
アルベドは天を見上げ、いきなり笑い出した。



「連鎖だ。連鎖! テロメラーゼとは何だ! 繰り返し生み出されたのならば、 最初にかえり“一つ”に戻せばいい! ひゃっひゃっひゃっ ひゃっひゃっひゃっひゃっ…………。」

「死屍(しし)を食らひ、亡者生き永らふ。」

「決して、血を流してはならぬ。血を求めてはならぬ。」

生命(いのち)を焼き尽くす天の車に、ただ、アルベドの笑い声だけが高らかに響き渡った。

「……ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ ひゃっひゃっひゃっ…………。 僕はウ・ドゥを消し去るためだけに生み出されたんだ。あいつとは違う。 完全なる消去。完全なる削除。 ……ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ…………。」



アルベドは、連邦軍によって既に破壊しつくされた、キルシュヴァッサー開発エリアに向かった。
そこには、連邦に反抗したため、銃撃を受け破壊されたキルシュヴァッサーが、 何体も倒れている。苦悶の表情を浮かべ、事切れている“色違いのサクラ”が何人もいた。

「ふん。しょせんは“でくのぼう”か。」
アルベドはキルシュヴァッサーの身体を右足で蹴り上げ、仰向けにする。

「こいつなら、使えそうだ。」
ベキッ! ベキベキ…… グキッ!
頭部をもぎ、腕部を千切り、脚部を引き抜く。必要なのは、097に使えそうな部品……臓器。
アルベドは必要な臓器を一揃いそろえるのに、“色違いのサクラ”を何体も 解体せねばならなかった。
一体ずつ“サクラ”をバラバラに解体する度、アルベドの中で、何かが、 ひとつずつ、確実に、壊れていく……。


バキッ!

ひとつ……。


ベキッ! ベキベキ!!

またひとつ……。



バキッ! バリバリ……


グチャッ! グチャ……


ズルリ…… ズル…… ズズ…… 





「………」

「………」

「………」

………………………………………
………………………………………
…………レアリエン生体 生命活動率98%
…………駆動系統、循環器系統、神経伝達系統、異常なし
…………OS起動中…………



「………」
「………気がついたか?」

キルシュヴァッサー097、キルシュが目を開けると、そこには、アルベドが立っていた。
頬はこけ、目は落ち窪み、そこにある、瞳だけがギラギラと異様な光を放っている―――。

「………な…ぜ?」
「もう、お前は構成部品の消耗のために滅びることは無い。」

そう言い放ったアルベドの身体には、いたるところにレアリエンの体液の飛沫が飛び散っている。

「どうして?」
キルシュの問いに、アルベドは勝ち誇った古代の戦士がするが如く、バラバラにしたキルシュの頭の一つを、 リアクターにいる“キルシュ097”の前に突き出した。
「ひいっ!」悲鳴をあげるキルシュ。
「………ひ、ひひひひ、ひゃっひゃっひゃっ。そうか、恐ろしいか。ひゃっひゃっひゃっ……。」
アルベドは狂った瞳のまま、天井を見上げ、高らかに笑う。

「お前は死者を食らうて生き延びた。そうだ、お前の身体には、 こいつらの臓器を組み込んでいる。元々同じ型だ、しっくり合ったぜぇ。」
「……私は……私は……。」
アルベドの足元に転がっている、自分の分身であるキルシュたちの身体の惨たらしさに、 顔を背けるキルシュ。 その耳元に残酷な笑みを浮かべ、優しくささやくアルベド。

「……お前のその姿を見て、こやつらはどう思うかな。……お前はこいつらの血を飲み干して生き延びた咎人(とがにん)だ。 もはや、神は救ってはくれまい。いいや。もともと、女の腹を経ることなくして生まれたお前達には、 神は、端(はな)から眼中にないかもな。…………お前を救えるのは、俺だけだ。」
そう言うと、アルベドは高らかに笑った。



「そうだ!! 俺だけだ!! お前を救えるのは!! ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ……。」





ひゃっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは……。

あとがき:
狂ってます。狂ってます。激しく狂ってます。(^_^;)
EP1の強烈なアルベドと、DS版の(優しい?)アルベドのギャップが非常に大きくって、 とりあえず私なりに両者の間を埋めてみました(汗)。
アルベドはキルシュを助けたかったんだよ。たぶん。(^_^;)

あ、タイトルの吸血鬼なのは、アルベドじゃなく、キルシュの方ね(笑)。本人のせいじゃないけどネ。
死体を継ぎ合わせて……という意味では、実はフランケンシュタインが正解という話もあるけど、 まあ、気にしない、気にしない。(^^)
ちなみに、キルシュの修理(?)は、アンティーク車の修理と同じ感覚でお願いします。 廃車になった車から、使えそうな部品をストックしておくアレね。 そうとでも考えておかないと辛くって。(^_^;)
……にしても、落ち込むとダメですね。すぐに話がこっち方向に行ってしまって。 いかんなぁ……。(^^ゞ

実はこの話、上手くまとまらなくて、ワザと書き落とした「続き」があるんだけど、 書く気力が出るかなぁ。(^^ゞ