TOPへ戻る 目次へ戻る

カゲロウ(蜉蝣)

カゲロウ(蜉蝣)とは短命の昆虫



―― ヴェクターインダストリー ――

―― レアリエン製造工場 ――

―― 特殊レアリエン製造ライン ――

―― レアリエン最終検査工程 ――



「……インプット、OK。」

「アウトプット、OK。」

「レスポンスタイム、正常範囲値……と。」

出荷検査対象のレアリエンの前で、最終チェック担当者達が手に持ったボードに 挟み込んだチェックリストに、手際良く、測定値と“レ点”を書き込んでいく。

「そういえばさぁ、この間の話、聞いたか?」
「何を」
「耐久テスト項目のヒートショック試験で、不良品が出たらしいぜ。」
「ヒートショックって何だよ?」思わず手が止まる作業員。

「なんだ、知らないのか。下は−50℃(度)と上は50℃(度)くらいかな、 最低温度と最高温度を数時間後毎に繰り返してかけ続けて、レアリエンに異常が 出ないかチェックをする試験のことだよ。それでな、レアリエンの体液の一部が 凍っちまったらしいぞ。それで、体液の主成分を納入した業者を本社で呼びつけて原因を 調査させたところ、うち(ヴェクター)に何の連絡もなしに原料を変更していたことが 判明したんだよ。」
「なんだよ、それ。」

「コストダウンのつもりだったそうだが、当分、納入差し止めだってよ。」
「そうだろうな。そういや、これ、新タイプだったよな。」
「ああ、百式とか言うらしいぜ。」

「納入先はどこだ?」
「まだ、試作レベルらしいぞ。何せ新タイプなんで、耐久テストや、また、 ヴェクター内で製品同様に使って色々と様子をみるんだとよ。」
「へえ。」

“キーン、コーン、カーン、コーン”

「あ、昼飯だぞ。ロット#4767-1128-Atoriまでは、チェック終わりっと。 続きは#4767-1128-Ainuからだな。さあ、行こうぜ。」

“あ、あの……”

「いいのか? そんないい加減なチェックで。」
「いいさいいさ。どうせ社内向けの試作品だろ? 何か問題があっても、 すぐ対応できるって。それに、初期ロットなんてぇもんは、どんなに 注意深くチェックしても、必ずどこかしら不具合が出るもんだしさ。 してもしなくても同じだって。」

“あの……ちょっと……”

「そうかなぁ……。」
担当者達は休憩に行ってしまった。



「あの……私……ちぇっくされていないと思いますけど……。」

ロット#4767-1128-Atori
量産型百式汎観測レアリエン試作ロット。

実は、作業員がチェックしたのはロット#4767-1128-Asaruまでだったのだ。

「それに、なんだか、私、他のみんなと違っていて、なんだか繋がっていないような気が するんです。ちぇっくして欲しかったのに……。」



―― 曙光 ――

「はじめまして。よろしくお願いします。」レアリエンは、ペコリと かわいらしいお辞儀をした。

「はじめまして。私はキャロル。あなたがここに配属された新型百式汎観測 レアリエン試作品ね。名前は、えっと……。」キャロルは口ごもった。
「#4767-1128-Atoriです。」
「それじゃあ、長くて言いにくいわ。それに、ロット番号で呼ぶなんて 私の好みじゃないし。そうね……。」口に手をあてて考え込む。

「そうだわ。“アトリ”なんてどうかしら? 番号のA,t,o,r,iをそのまま読み方を 変えただけだけど、“#4767-1128-Atori”なんて味気のない呼び方で呼ぶよりも、 ずっといいわ。」
「はい、アトリですね。分かりました。」

「ここよ。ここが貴方の担当の席よ。」
ロット#4767-1128-Atori―――“アトリ”は、指し示された席についた。

――VCT-ELB-01-CON――
――ヴェクター製コンソール――

アトリは“慣れた手つき”でコンソールキーを叩いた。“フィン”と画面が立ち上がり、 ヴェクターインダストリーのロゴが表示される。

「へえ。流石はヴェクター最新のレアリエンね。見た目はごく普通の少女のようなのに。 まだ教えてもいないのに、いきなりコレが使えるなんて。」
「ええ、私も初めて見たんです。でも、しばらく考えているうちに、これの型番や性能、 使い方が頭の中に現れるんです。」
「それは便利ね。考えるだけで全部分かっちゃうなんて。私もこれのオペレーターなんだけど、 まともに使えるまでに1ヶ月もかかったのよ。レアリエンは外部に巨大な共有データベースを 持っていて、そこから個体が知らない情報を引き出しているって話は本当なのね。」

「ねえ、現在地のマップを出してくれる?」
「はい、分かりました。」
アトリは、難なく現在の曙光の絶対位置座標と周辺マップを表示した。

「うん、なるほど。“ティーチング等の初期調整の必要なし”っと。」
キャロルは、手元のボードに何かを書き込んだ。
「……初期対人関係構築ルーチンにも問題はなし……。初対面の印象、すごぶる良好。」
アトリは、キャロルのその姿を見ていて不思議に思った。

「キャロルさん、今書いたその紙はなんですか?」
「ああ、これ? あなたのモニター報告書よ。」
キャロルはアトリに書き込んだ用紙を見せた。

――「新型百式汎観測レアリエン試作機 実稼動報告書」――

「貴方を使って、使い勝手や、発生した不具合を書かなきゃいけないの。 “より良い製品を提供するため”ですって。何せはじめての製品だから、ヴェクターも 慎重なのよ。主な納入先は星団連邦政府の予定だから、軍人でも簡単に扱える製品に しなければならないらしいのよ。大変よねぇ。何せ、相手は軍人だから……。」
口が滑ったのだろう、キャロルは慌てて話題を変えた。
「……あのね。このモニター試験を請け負っているのは、私だけじゃないのよ。 向かい側を見て。」
言われてアトリが見ると、向かい側に自分と同じレアリエンがコンソールを操作している。 その傍らには、やはり同じように一人の女性の姿が。
「あの人も私と同じ…?」
「そうよ。チャンスがあったら話をしてみるといいわね。友達がいなくちゃ つまんないでしょ?」キャロルはウィンクをした。



キャロルに案内されて、休憩に向かう二人。ここでは休憩時間は“スライド式”のようだ。 休憩に向かう人、休憩を終えた人、様々な人とすれ違う。色と多少のデザインこそ違うが、 皆制服を着ている。なのに、一人だけ黒服の人とすれ違った。



キャロルは色々と話してくれる。会社のこと、仕事のこと、これまた社内で起こった 微笑ましい出来事まで。お陰で、アトリはずっとここに勤めているような気持ちになる。
「ね、キャロルさん。さっきすれ違ったあの人はどういう人なのですか? キャロルさん達と は違う服を着ているみたいですけど。」
アトリは、思い切って聞いてみた。

「ああ、ヴィルヘルムさん? この会社のCEOよ。」
CEO…この言葉をきっかけに、アトリの頭の中に知識が流れ込んでくる…。
「へえ、随分とエライ方なんですね。」

「うん…そうね。でも、あまり人前に出ない方だから、見かけた人には幸運が訪れるなんて ささやかれているわよ。社内では。」
キャロルは一旦言葉を切ってから、アトリに顔を近づけて、小声で話す。
「ねぇねぇ、あの方にはこんな噂もあるわよ。」
「え? 何ですか?」

「一日中執務室に閉じこもりだからね。実はアレは仮の姿で、執務室に入ると元の姿に 戻って自分の羽を抜いて、機織り機でその羽を織り込みながら反物を 作っている……なんてね。」
キャロルの目がキラキラしている。そうとう噂話の好きな人らしい。
「まさかぁ。」
「それを見られたら姿を消すんじゃないか、なんて言われているわよ。」
アトリは、たまらず吹いてしまった。

「まあ、それはいいかげんな噂だけど。実際に見た人の話では、何かを見て ニヤついていて、かなり気持ち悪かった、なんて噂もあるけど。実際のところは どうかしらね。山のような書類に目を通してハンコでも付いているのかもしれないわね。 さ、戻って続き続き。」





キャロルに言われるとおりの作業をしていると、どうしてもジャマになるものが置いてある。 アトリは聞いてみた。
「あの……、この傍らにある分厚い本の山は何ですか?」
「ああ、これ? これは貴方の‘取扱説明書’、‘使い方の手引き’、‘困った時は’の 本よ。まだ、試作段階だから、きちんとした書籍になっていないけどね。」
「分厚いんですね。」

その本は1冊1冊が5cmくらいあり、アトリは思わず他人事のように言ってしまった。
その様子に、クスリ、とキャロルが笑う。

「そうよ。アトリのような特殊レアリエンの取り扱いは難しいのよ。時々調整が 必要になるから、その時には絶対に必要なの。」
ふと見ると、先ほど見た向かい側の席で、女性が分厚い取扱説明書を必死で読んでいる。

「あの人が読んでいるのも同じ本なんですか?」
「そうよ。で、それを読んでいるのが私の友人。彼女の性格上、一通り説明書の類を 読まないと気がすまないってわけ。私は、そんなの読まされたら即効寝ちゃうから、 全く目を通していないけどね。“出たこと勝負”ってわけ。」

「即効、寝ちゃうんですか?」
「そうよ。貴方のモニター試験の予定が決まった時に、勉強しておいてと、この書籍たちを 渡されたんだけど。だめねぇ、私の慢性睡眠不足が解消されただけだったわ。」
キャロルのおどけた口ぶりに、アトリはついに吹き出してしまう。

「この書籍たちの感想と意見も書かなきゃいけないんだけど……。」
「……私が読んで書きましょうか。」アトリは思わず言ってしまった。
「頼みます。お願い!!」キャロルの答えは簡潔である。



「この製品は精密機械であり、むやみに落としたり叩いたりしてはいけません。また、 分解、解体後の再組み立ての場合の製品保証はいたしかねます。記憶素子は個体のOSが 搭載されている領域と同じ領域にあるため、記憶だけを消去することはできません。その際も 保証の対象外とさせていただきます。保証動作環境は−10度〜40度。車の中に 放置してはいけません。きわめて繊細な製品であるため定期的なケアが必要とされます。 アフターケアについては、ヴェクター・インダストリーの窓口を通じて送付していただくか、 弊社と契約を行うことによって弊社がケアに出向くことも可能です……。また、購入時に サービスパックに契約して頂くと、OSのヴァージョンアップ特典を受けることが 出来ます……。」

ふむふむ。私たちって、こうなっているんだぁ。各パーツの説明って、自分だと 思うとなんか恥ずかしいなぁ。この図って裸体にする必要があるのかな?
結局、キャロルに頼み込まれて、“自分自身の取扱説明書”を熱心に読んでいるアトリが いた。
キャロルは、会議とやらに呼び出されて今、ここにいないのだ。

「ふ〜ん、取り扱いの手引きはどうなっているのかしら。初めてのあいさつ? 何それ。」
もはやタイトルに笑うしかない。

「レアリエンは人工物ではありますが、一体一体独立した擬似人格を持っております。 所有者とのコミュニケーションを円滑にするため、なるべく名前を付けましょう。また、 自分の名前を教えて、レアリエンに対して、誰が所有者か明確にしておきましょう。 レアリエンは、あらかじめ弊社で登録した所有者情報により、所有者の命令を聞くように 設計されておりますが、レアリエンに対し友好的に自己紹介することにより、さらに確実に 命令が実行されるようになります。これは、レアリエンが自主的に行う行為に 該当することになり、非常時以外は、そちらが優先されることとなります。……。」

あとがき:
完全に中途半端で終わってます。続きもあるんですが、どこで区切りを付けたらいいか 思いつかなくて……ごめんなさいっ!!
例の通り、頭部分と終わり部分だけは書いてあるんです。問題は真ん中部分……(^_^;)
ヴィルヘルム、ここでは「鶴の恩返し」にされちゃいました。 きっと、背中に翼の一つも生えているだろうから、あってもいいかなと(笑)。 誰かがどこかできっと1枚くらいは書いているはずだ!(翼付き総師)
考えてみれば、スゴイ図だなぁ。(^^ゞ